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桜と絵本と豆乳と

アナログだから向き合える

2019年02月17日 | 読書
 たけし「初の書下ろし恋愛小説」ということで、一昨年話題になった本である。たしか、又吉直樹が『火花』で芥川賞を取ったので、対抗して…と冗談交じりで何かの雑誌に書いていた記憶がある。中味にそれほどの文学性は感じなかったが、テンポのいい文体だ。何よりいい装幀だと感じる。ここにも北野色がある。



2019読了17
 『アナログ』(ビートたけし  新潮社)



 アナログという語を改めて辞書で引いてみる。電子辞書3、紙辞書3の計6で「数量を連続的に変化する量で表わすこと」という本来の意味だけを記しているのは4つ。広辞苑には「物事を割り切って考えないこと。また電子機器の使用が苦手なこと」三省堂現国は「人間の能力や直感を重んじること」の記述がある。


 もちろん、小説だから後者であることは言うまでもない。主人公の悟はデザイナーでありながら、PCにあまり慣れず、設計プランの模型を手作りしたりする男である。ハードな仕事を抱えながら、介護施設に入れた母への思い、ある日入った店で隣合わせたみゆきとの出逢い…と二つの軸が交差する風景で動き回る。


 悟とみゆきは連絡先を交換せずに、木曜日に「ピアノ」という店で逢うという約束だけをする。現代の世の中では考えられない。しかしそれはかつて「待ちぼうけ」や「行き違い」「すれ違い」といった、一定以上の年代の者であれば経験したことのある情況に近いゆえに、感情移入が容易で読みやすく心に沁みた。


 「アナログ人間」はその非効率を責められたり、貶されたりするが、様々な場で抱く割り切れなさに正直であることは、自分に向き合っている証しに見えた。さて、悟の親友の二人、高木と山下のかけ合いは実に見事な漫才であった。演芸口調そのものに思えた。著者はここを書きたくてペンを取ったかと思わせるほどだ。