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朗らかな空気を入れたい

2019年02月10日 | 教育ノート
 最近目にした記事で、納得しつつ落胆する思いになったのがこれだった。


 優秀な若者を教職に引き寄せてきた日本で、とうとう始まった「教員離れ」


 ここに載っている統計も(笑)、もちろん吟味が必要だが、傾向としては指摘されている通りだろう。
 児童生徒の「将来なりたい職業」といったアンケート、ランキングなどにも顕著に表れている。

 その理由は当然複合的だと言えるだろうが、学校現場経験者として言いきってしまえば、職場の中に笑顔が減っていることが大きいのではないか。

 あまりに感覚的すぎるだろうか。


 かなり昔に知り合いの教員に聞いた話がある。

 受け持っている高学年の男児が「将来、先生になりたい」と言ったので、その訳を訪ねると、こう答えたそうだ。
 「だって、職員室にいくといつも先生たちが笑っていて、楽しそうだから

 これは言うなれば、本筋ではないかもしれない。
 授業や諸活動の中で、教師の真剣さ、明るさ、優しさなどに触れて感化され、こういう大人になりたいと思ったりするのが普通だろう。

 ただどういう場であれ、同じ空間で同じ時間を過ごしている大人が楽しそうに見えるということが、子どもにとっては何よりのモデルたり得るはずである。


 それが、学校という場から明らかに減ってきている。

 そしてそれは、進路や職業選択に関わりを持つことはもちろん、子どもが未来を生きる力に直結する大事な要素ではないのか。

 このようになった原因を特定するのは難しいが、政策として行われたいくつかを指折ることはできる。
 危機管理の名のもとに、現場に指示されたある調査など歯ぎしりする思いで取り組まざるを得なかったものもある。

 全体的に括ると、ダブルバインドの状態に置かれた学校の中で、閉塞感だけが強まっていき、朗らかな空気が薄くなったと言えるだろう。


 待遇、条件面での改善は言うに及ばず、それ以上に教員に与えられるべきは、力量や願いを発揮できる場である。
 「専門職性」つまり教師個々の裁量を狭めず、自由度を高めたとき、子どもが育つ場にふさわしい朗らかな空気が入り込んでくる。

 もちろん教師もまた工夫しなければ、空気の通りは悪くなる。