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今こそ『チームの力』を読む(了)

2020年04月23日 | 読書
 【チームの力 構造構成主義による”新”組織論】(西條剛央 ちくま新書)

 第四章「機能するチームとは」においては、まず「すべての人間に共通する心の本質とは何か」という問いが立てられ、それをこう結論付けている。

 「すべての人間は関心を充たしていきたいと欲してしまう」

 あっけないほど当たり前だが、実に納得できるし、ふだんの行動を次々に浮かべると、自分の欲望・関心を充たしたいことを見透かされるようだった。
 例えば仕事上のことにも表れてくるし、モチベーションの基点になるのはまさしくそれなのだ。

 チームがメンバーの適材適所配置によって、より機能していくことは当然だ。
 しかしそうならない現実は多い。
 多くは「才能」「能力」という点に重きを置いて配置されている。
 それは妥当とも思えるが、人間の本質からいうと「関心」が伴わないとき、それは個人を幸せにすることはできない。


 仕事だから好きなことばかりやっていられないという論理はわかるが、それに縛られては前に進めないのではないか。
 思えば、教職で担任を外れた頃から退職するまでの20年あまり、異動や昇任を重ねつつ、ほぼ似たようなことをやれた自分は幸せだった。
 早くからその点は気づいていたし「好きなこと、得意なことを生かして」と職員に繰り返し語ってきたことはなんとなく自負できる。(ただ、マネジメント面は低評価だ)。

 この本にもいくつかの例はあるが、Googleの20%ルール(本来業務以外の取り組みを認める方法)の精神は「威力」を持ち、成果をあげる。
 それは「時間でなく自由である」と語られていることに秘訣があるだろう。
 創造的な仕事にとって欠くべからざるものだ。
 そして、質量の差はあってもそういう部分はいかなる仕事にもあると考え、取り組むことが大事なのではないか。

 方法は多種多様にある。
 どんなチームにおいても、個別の目的達成への歩みと並行して意識するべきことだ。そこが、リーダーシップを発揮する重点であることは間違いない。

 なぜなら、それこそ人を幸せにするからだ。

 あとがきに『日本でいちばん大切にしたい会社』として紹介された「伊那食品工業」の「究極の目的」が記されている。

 それは「社員を幸せにし続けること」。

 ぶれずに歩むチームの共通項があるとすれば、その精神しかないような気がする。

 「チーム日本」(あくまで仮想だが)は、国民を幸せにし続けることができるか。