「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなお・・・」といえば、清少納言の枕草子ですね。「定本伊東静雄全集」(この全集は一冊・人文書院)の詩をめくっていたら、つい手紙の箇所もめくっていました。そこに、面白い箇所があったので引用。
それは、昭和16年8月9日富士正晴宛の手紙です。
「小豆島からのお手紙有難う。いいところのようですね。鮮しい魚たべたいですね。私はかぼちゃばかりたべてゐます。・・・・小泉八雲の全集買つて来て飽かずよみます。・・・八雲をよむと蝉や蝶々が、いままでより一層形而上的感興をひくのが、私の趣味に合ひます。怪談も同じ根柢からのものではあっても、自分にはあまり目下興味ありません。・・・」
その次に、夏についての言葉があり、伊東静雄の夏への関心を、聞いている思いがするのでした。
「夏の夕方はいいですね。出来るだけ散歩します。夏は一年中つづいてもいいように私には思はれます。この充溢した季節感は私には大へん必要です。夏には、感傷的にはなっても、弱り果てた気持がおこらぬのは、いいことです。物をみつめる気持ちになれるのも助かります。」(p435)
それにつづけて、手紙で自分の詩を書き送っているのが印象深く感じられます。
「先日書いた詩一つ、御笑らんに供します。
七月二日 初蝉
あけがた
眠りからさめて
初蝉をきく
はじめ
地蟲かときいてゐたが
やはり蝉であつた
六つになる女の子も
その子のははも
目さめゐて
おなじやうに
それを聞いてゐるので
あつた
軒端のそらが
ひやひやと見えた
何かかれらに
言つてやりたかつたが
だまつてゐた
」
詩に子どものことが登場しておりましたが、そういえば、少し前の小高根二郎宛のはがき(6月19日)には
「・・このごろ小生も『志濃夫廼舍歌集』ずっとよんでるところ故、暗合面白く思ひました。・・小生の曙覧熱も相当なものと、以て御想像相成り度し。・・」
(そうだ。橘曙覧全歌集が岩波文庫にあったなあ)
最初にもどって、「秋は、夕暮れ。」の清少納言をもう少し引用。
「夏は、夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。」とあります。伊東静雄には「蛍」と題した詩もあります。日記にも夏に関する記述があり、伊東静雄と夏、というのは面白い感じをうけます。
それは、昭和16年8月9日富士正晴宛の手紙です。
「小豆島からのお手紙有難う。いいところのようですね。鮮しい魚たべたいですね。私はかぼちゃばかりたべてゐます。・・・・小泉八雲の全集買つて来て飽かずよみます。・・・八雲をよむと蝉や蝶々が、いままでより一層形而上的感興をひくのが、私の趣味に合ひます。怪談も同じ根柢からのものではあっても、自分にはあまり目下興味ありません。・・・」
その次に、夏についての言葉があり、伊東静雄の夏への関心を、聞いている思いがするのでした。
「夏の夕方はいいですね。出来るだけ散歩します。夏は一年中つづいてもいいように私には思はれます。この充溢した季節感は私には大へん必要です。夏には、感傷的にはなっても、弱り果てた気持がおこらぬのは、いいことです。物をみつめる気持ちになれるのも助かります。」(p435)
それにつづけて、手紙で自分の詩を書き送っているのが印象深く感じられます。
「先日書いた詩一つ、御笑らんに供します。
七月二日 初蝉
あけがた
眠りからさめて
初蝉をきく
はじめ
地蟲かときいてゐたが
やはり蝉であつた
六つになる女の子も
その子のははも
目さめゐて
おなじやうに
それを聞いてゐるので
あつた
軒端のそらが
ひやひやと見えた
何かかれらに
言つてやりたかつたが
だまつてゐた
」
詩に子どものことが登場しておりましたが、そういえば、少し前の小高根二郎宛のはがき(6月19日)には
「・・このごろ小生も『志濃夫廼舍歌集』ずっとよんでるところ故、暗合面白く思ひました。・・小生の曙覧熱も相当なものと、以て御想像相成り度し。・・」
(そうだ。橘曙覧全歌集が岩波文庫にあったなあ)
最初にもどって、「秋は、夕暮れ。」の清少納言をもう少し引用。
「夏は、夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。」とあります。伊東静雄には「蛍」と題した詩もあります。日記にも夏に関する記述があり、伊東静雄と夏、というのは面白い感じをうけます。