和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

先見の明。

2010-06-06 | 他生の縁
雑誌「WILL」2010年7月号。
その連載エッセイ・曽野綾子「小説家の身勝手」のはじまりに、

「すべて趣味と名のつくものには、溝に捨てるに近い金がかかるのが原則だ・・・」という箇所がありました。その少し先のページに「石井英夫の今月この一冊」があり、竹内政明著「名文どろぼう」を取り上げていたのでした。せっかくですから、石井英夫氏の文を引用。

「へえ、こんな話どこから引っぱってきたのか。フム、こんなデータも読んでいたのか。ありきたりの百科辞典やパソコンに依拠するような知見は一つもない。・・・そこで著者の周辺を取材してみたのだが、この人(竹内政明)は少しの時間があれば本を開いている。仕事の机上や身の回りは本だらけだという。本を読んでこれはと思う個所があれば片っ端からコピーし、項目ごとにファイルしているらしい。コラム書きに王道なし。何のことはない、それこそコツコツと地道な不断の読書の積み重ねがそのノウハウなのだった。」

 石井さんの最後の言葉も引用したくなります。

「著者は、この本を『書いて楽しかった。日本語に勝る娯楽はないと思っている』と言い切っている。言語が娯楽だとはすごい。乞食は三日やったらやめられないというが、言葉どろぼうをやったら、それに勝る快感はないらしい。その醍醐味がわかればあなたもコラム書きになれる。」

ということで、竹内政明著「名文どろぼう」より、ひとつ引用したくなります。

「新聞社とは妙な職場で、昇進してペンを取り上げられる者はむしろ不幸であり、出世コースから外れて記事を書きつづける者を幸せとみなす空気が伝統として残っている。
ナントカ部長やカントカ部長に栄進した後輩たちからは日ごろ、『竹内さんがうらやましい。ああ、うらやましい』と妬まれてきた。そうだろう、そうだろう、うらやましいだろう・・・内心、鼻高々でいたのだが、このあいだ中国文学者、高島俊男さんのエッセイを読んでいて少しあわてた。
 
 『うらやましい』というのは、相手を傷つけることなく同情の意をあらわそうとする際のあいさつことばなのであった。相手を傷つけまいとするから、自分を相手より低位におこうとする。身をかがめて『あなたは私より高い、うらやましい』とこうなるわけだ。
       ―――高島俊男「本が好き、悪口言うのはもっと好き」(文春文庫)

十年以上も名刺の肩書が変らない境遇を、どうやら同情されていたらしい。
泣菫先生は、こうも書いている。

 『哲学』はこの世で出世をした輩(やから)は皆馬鹿だという事を教えてくれる学問である。  ―――薄田泣菫『茶話』(岩波文庫)

ちなみに筆者は学校で哲学を専攻した。これを、先見の明という。 」(p57~58)
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運を貯蓄する。

2010-06-06 | 前書・後書。
竹内政明著「名文どろぼう」(文春新書)には、
外山滋比古著「ユーモアのレッスン」(中公新書)からの引用が二箇所。
ページだと、p15とp123。
外山氏の本をポチポチと読んでいる私にとっては、何だか地続きなような、
読書感触を味わえてうれしくなります。

さてっと「名文どろぼう」の最後を引用したくなりました。
そこでは色川武大著「いずれ我が身も」(中公文庫)からの引用がありました。
まずは、その引用箇所から、

「近年、私は、人間はすくなくとも、三代か四代、そのくらいの長い時間をかけて造りあげるものだ、という気がしてならない。(中略)人間には、貯蓄型の人生を送る人と、消費型の人生を送る人とあって、自分の努力が報いられない一生を送っても、それが運の貯蓄となるようだ。多くの人は運を貯蓄していって、どこかで消費型の男が現れて花を咲かせる。わりに合わないけれども、我々は三代か五代後の子孫のために、こつこつ運を貯めこむことになるか。」

こうして色川氏の文を引用したあとに、竹内氏は書いておりました。

「正確に数えたわけではないが、本書に引用した文章は二百と三百の間だろう。生きるうえで影響を受けたということでは、この一文にまさるものはない。つらい出来事に遭遇したとき、嘆くより先に『ああ、また、運を貯蓄してしまったな』と苦笑するのも、うれしい出来事に出合ったとき、小躍りするより先に『誰かが貯蓄してくれた運を取り崩してしまった』と申し訳なく感じるのも、色川さんの文章に接して身についた習わしである。
筆者の母は幼くして養女となり、長じては結婚に失敗し、老いては親不孝の息子を持って独り暮らしをし、最後は脳溢血に倒れて看取る者のないまま逝った。運を貯蓄するために生まれてきたような人である。こういう能天気な本が書けたのも、貯蓄のお蔭だろう。・・」
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