和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

書き続けよう。

2010-06-27 | 他生の縁
昨日。注文してあった「古書の森逍遥」が届きました。
ということで、手元に黒岩比佐子氏の2冊があります。

黒岩比佐子著「編集者国木田独歩の時代」(角川選書)
黒岩比佐子著「古書の森 逍遥」(工作社)

少し前に「編集者国木田独歩の時代」が届き、
少しずつ読み始めております。句読点の間隔が短い、なめらかな文で、読む方のいずまいを正されるような気分になって、読み進める心地よさ。といっても、まだ第二章までしか読んでいないのでした(笑)。さて、第三章のはじまりは

「『三号雑誌』という言葉がある。これは、新雑誌にとって、第三号まで発行できるかどうかが一つの大きなハードルになるという意味だが、独歩が編集長を務める『東洋画報』は、無事にそのハードルをクリアすることができた。」(p84)

とあります。「古書の森 逍遥」をパラパラめくっていると、読みやすい編集で、本をひらけば、スラスラと文をつかまえられそうな気がしてくるのが何とも楽しい一冊。そこに、「暮しの手帖」が登場しておりました。202と206と。その206(p351)は「続けていればいいこともある」と題しております。

「『暮しの手帖』の第五号。・・・最後のあとがきも泣かせる。」
として、その「あとがき」を引用しておりました。その箇所を孫引き。

「やつと、ここまで来ました。初めて、この雑誌を出してから、やつと一年たちました。雑誌のいのちから言つて、一年は短いものでしようけれど、私たちには、苦しい長い一年でございました。(中略)第一号は赤字でした。第二号も赤字でした。今だから申せるのですが、そのために昨年の暮は、正直に申して生れて初めて、私たち、お餅をつくことも出来ませんでした。どうぞ、つぶれないで下さい、というお手紙を、あんなに毎日いただくのでなかつたら、どんなに私たちが意地を張つても、やはり第三号は出せなかつたことでしよう。(中略)
 毎日の明け暮れは、決して夜空に花火を上げるような、いつとき花花しく、はかなく消えてゆくものではなく、あるかなきかに見えて、消えることのない、つつましいけれど、分秒の狂いなく燃えてゆくものとすれば、そのつつましさの中から生れる原稿を、ありがたく、とうといものに思います。(後略)」

そのあとに、黒岩比佐子さんのコメント。

「続けていればいいこともある ―― という気持ちで、私もできるだけ毎日書き続けようと思う。(2006年5月26日)」
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