お隣りの葬儀に列席させて頂きました。
葬儀社が経営する会場で、通夜と葬儀。
私は、その日時間をあけて、参列するだけです。
火葬の前に、皆さんで棺に菊を入れていくのでした。
棺(ひつぎ)には菊抛(な)げ入れよあらんほど
あるほどの菊抛げ入れよ棺(かん)の中
これは、夏目漱石の俳句。
岩波文庫には、俳句の下に注があり、この句には
「大塚楠緒子のための手向けの句・・・」(p175)とあります。
ちなみに菊といえば
いたづらに菊咲きつらん故郷(ふるさと)は (明治28年)
菊の香や故郷遠き国ながら (明治28年)
そういえば、漱石の俳句には、
お寺にかんする句が印象に残ります。それを列挙。
ちなみに、通夜の句というのがありました。(p11)
仮位牌(いはい)焚く線香に黒むまで
こうろげの飛ぶや木魚(もくぎょ)の声の下
注:こうろげ――虫のこおろぎ。
通夜僧の経の絶間やきりぎりす
骸骨やこれも美人のなれの果
次に、初七日の句(p12)というのもあります。
何事ぞ手向(たむけ)し花に狂ふ蝶
鏡台の主の行衛(ゆくえ)や塵埃(ちりほこり)
ちなみに、木魚というと有名な、この句
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉
あとは、お寺が登場する句をみていきます。
秋の山南を向いて寺二つ
凩(こがらし)に裸で御はす仁王(におう)哉
凩や真赤になつて仁王尊
冬枯や夕陽(せきよう)多き黄檗寺(おうばくじ)
本堂は十八間の寒き哉
愚陀仏は主人の名なり冬籠(ふゆごもり)
冬木立寺に蛇骨(じゃこつ)を伝へけり
半鐘とならんで高き冬木哉
凩に早鐘つくや増上寺
うき世いかに坊主となりて昼寝する
仏壇に尻を向けたる団扇(うちわ)かな
涼しさや奈良の大仏腹の中
行秋(ゆくあき)を踏張てゐる仁王哉
謡ふべきほどは時雨つ羅生門
なあるほどこれは大きな涅槃像
虚無僧(こむそう)に犬吠えかかる桐の花
若葉して手のひらほどの山の寺
冷やかな鐘をつきけり円覚寺(えんがくじ) (明治30年)
仏性は白き桔梗にこそあらめ
寺借りて二十日なりぬ鶏頭花 (明治31年)
凩や岩に取りつく羅漢路(らかんみち) (明治32年)
巌窟の羅漢どもこそ寒からめ
釣鐘に雲氷るべく山高し
巌頭に本堂くらき寒かな
雛僧のただ風呂吹と答へけり
詩僧死してただ凩の里なりき
梅の寺麓の人語聞ゆなり
ごんと鳴る鐘をつきけり春の暮
秋風や梵字(ぼんじ)を刻す五輪塔
「倫敦にて子規の訃を聞きて」との前書。
そこにつづく句は
筒袖や秋の柩にしたがわず (明治35年)
手向(たむ)くべき線香もなくて暮の秋
霧黄なる市(まち)に動くや影法師
きりぎりすの昔を忍び帰るべし
招かざる薄(すすき)に帰り来る人ぞ
と、ここいらまでにしましょう。
ちなみに、以上をパソコンに打ち込んでいると
私の顔や手に、一匹の蠅がなれなれしく擦り寄ってくる
ゑいやつと蠅叩きけり書生部屋 (明治29年)
残念、こちらのハエは、逃げ足がはやく、叩けずにいます。
葬儀社が経営する会場で、通夜と葬儀。
私は、その日時間をあけて、参列するだけです。
火葬の前に、皆さんで棺に菊を入れていくのでした。
棺(ひつぎ)には菊抛(な)げ入れよあらんほど
あるほどの菊抛げ入れよ棺(かん)の中
これは、夏目漱石の俳句。
岩波文庫には、俳句の下に注があり、この句には
「大塚楠緒子のための手向けの句・・・」(p175)とあります。
ちなみに菊といえば
いたづらに菊咲きつらん故郷(ふるさと)は (明治28年)
菊の香や故郷遠き国ながら (明治28年)
そういえば、漱石の俳句には、
お寺にかんする句が印象に残ります。それを列挙。
ちなみに、通夜の句というのがありました。(p11)
仮位牌(いはい)焚く線香に黒むまで
こうろげの飛ぶや木魚(もくぎょ)の声の下
注:こうろげ――虫のこおろぎ。
通夜僧の経の絶間やきりぎりす
骸骨やこれも美人のなれの果
次に、初七日の句(p12)というのもあります。
何事ぞ手向(たむけ)し花に狂ふ蝶
鏡台の主の行衛(ゆくえ)や塵埃(ちりほこり)
ちなみに、木魚というと有名な、この句
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉
あとは、お寺が登場する句をみていきます。
秋の山南を向いて寺二つ
凩(こがらし)に裸で御はす仁王(におう)哉
凩や真赤になつて仁王尊
冬枯や夕陽(せきよう)多き黄檗寺(おうばくじ)
本堂は十八間の寒き哉
愚陀仏は主人の名なり冬籠(ふゆごもり)
冬木立寺に蛇骨(じゃこつ)を伝へけり
半鐘とならんで高き冬木哉
凩に早鐘つくや増上寺
うき世いかに坊主となりて昼寝する
仏壇に尻を向けたる団扇(うちわ)かな
涼しさや奈良の大仏腹の中
行秋(ゆくあき)を踏張てゐる仁王哉
謡ふべきほどは時雨つ羅生門
なあるほどこれは大きな涅槃像
虚無僧(こむそう)に犬吠えかかる桐の花
若葉して手のひらほどの山の寺
冷やかな鐘をつきけり円覚寺(えんがくじ) (明治30年)
仏性は白き桔梗にこそあらめ
寺借りて二十日なりぬ鶏頭花 (明治31年)
凩や岩に取りつく羅漢路(らかんみち) (明治32年)
巌窟の羅漢どもこそ寒からめ
釣鐘に雲氷るべく山高し
巌頭に本堂くらき寒かな
雛僧のただ風呂吹と答へけり
詩僧死してただ凩の里なりき
梅の寺麓の人語聞ゆなり
ごんと鳴る鐘をつきけり春の暮
秋風や梵字(ぼんじ)を刻す五輪塔
「倫敦にて子規の訃を聞きて」との前書。
そこにつづく句は
筒袖や秋の柩にしたがわず (明治35年)
手向(たむ)くべき線香もなくて暮の秋
霧黄なる市(まち)に動くや影法師
きりぎりすの昔を忍び帰るべし
招かざる薄(すすき)に帰り来る人ぞ
と、ここいらまでにしましょう。
ちなみに、以上をパソコンに打ち込んでいると
私の顔や手に、一匹の蠅がなれなれしく擦り寄ってくる
ゑいやつと蠅叩きけり書生部屋 (明治29年)
残念、こちらのハエは、逃げ足がはやく、叩けずにいます。