和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

チリ津波の警報。

2011-09-27 | 短文紹介
昨日のつづきになります。
チリ大地震にたいする、気象庁からの大津波警報についてです。

吉村昭著「三陸海岸大津波」(文春文庫)には、
「チリ地震津波」の章がありました。
そこに、

「昭和35年(1960年)5月21日、気象庁は、南米チリの大地震をとらえ、つづいて23日午前4時15分、4度目の地震がきわめて激しい地震であることも観測した。さらにその地震によって起こった津波が、太平洋上にひろがり、23日午後8時50分頃にはハワイの海岸に襲来、60名の死者を出したことも承知していた。しかし、気象庁では、チリ地震による津波が日本の太平洋沿岸に来襲するとは考えず、津波警報も発令しなかった。」(p156)

こうして昭和35年のチリ大地震の三陸海岸での津波の被害状況が、そのあとに書かれてゆくのでした。この箇所を思い出したのが、昨日のチリ大地震についての箇所なのでした。
以下は昨日のままに、

戸羽太著「被災地の本当の話をしよう」(ワニブックスPLUS新書:2011年)には、
こんな箇所がありました。

「・・・・一年前、チリで大地震が発生した時に、気象庁から大津波警報が出され、国道を閉鎖するなど万全の準備をして、2メートル以上と推測される津波に備えたのですが、結局大津波はやってこず、ほぼ丸一日間も続いた警戒態勢に市民は肩透かしを食らい、『なんだ、バカバカしい』という声まであがったほどだったからです。
その経験がまだ記憶に新しかったため、皆さん、避難はしていたものの、心のどこかで『どうせ今回も来ないんだろう』という思いがあったのかもしれません。
最悪の事態を想定した警戒態勢が、結果的にまるで狼少年のように思われ、皆さんの心の中に油断を生み出してしまったのですから、なんとも皮肉なものです。」(p24~25)

コメント
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