和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

スズカケの大木。

2012-11-08 | 地域
読売新聞10月31日に
磯田道史氏の連載「古今をちこち」がありました。
普段は読まないのですが、その題名が
「司馬遼太郎 原点の小学校」とあるので、
興味深く読みました。

「昭和20年、司馬さんは22歳の戦車隊の陸軍少尉。本土決戦に備え中戦車80輛と栃木県佐野にいた。・・・・」

と司馬さんのことを引用して、そのつぎでした

「今月、私は司馬さんの大阪府東大阪市の旧宅(司馬遼太郎記念館)をはじめて訪れた。たどりつくや司馬さんの義弟上村洋行館長に聞いてみた。『司馬さんは栃木の佐野で終戦を迎えられましたが佐野のどこで寝起きされていましたか』。『植野小学校です。あそこに将校用のベッドがありました』。・・・『植野小学校』と聞き、私は椅子から転げ落ちるほど驚いた。」


中根東里(なかねとうり)が住んだ庵であり寺子屋が、のちに植野小学校となるのですが、その説明を磯田氏はていねいにしてゆきます。ここでは、最後の箇所。

「若い司馬さんは佐野で地元の人に気さくに語りかけ、あれこれ話を聞き取っていたらしい。中根東里は地元ではみなが語り草にする聖人で、私は司馬さんがその話を聞かなかったはずはないと思っている。中根の生涯を聞けば人生が変わるのは私自身が体験した。中根の生き様を知ってしまったがゆえに、私は茨城大学を辞めて歴史地震の古文書をあつめに浜松に移住してしまったように思う。中根は死後もそれほどに人を変えてしまう不思議な人物である。司馬さんが中根のことを書いたものは見ていない。・・・・・植野小には校庭にスズカケの大木があり、終戦時、司馬さんは、これを見上げていた。司馬記念館の庭にはそのスズカケが挿し木と実生で移植され、いまもその美しい葉を風になびかせている。」

うん。中根東里とは、何者?
ということで、新刊の磯田道史著「無私の日本人」(文藝春秋)を注文するかどうか。
私は、本を読むよりも、こうして買おうかどうかと思っているときが楽しい(笑)。


ちなみに、
磯田道史著「武士の家計簿」(新潮新書)に

「原文は江戸時代の古文書である。ミミズが這ったあとのような文字を解読しなければ何を意味しているのか、さっぱり分からない。・・・」(p70)

とあり、そういえば
中野三敏著「和本のすすめ」(岩波新書)に

「和本の出版にはどのくらいの経費がかかたのかとは、よく質問される事柄で・・・
費用という場合、まずは江戸時代と近代の物価換算の基準値が問題となるが、経済音痴を自認する筆者などにとっては全くのお手上げなので、前出の磯田道史氏の『武士の家計簿』に示されたものを範としてみることにする。」(p48)

案外、新書つながりというのもあり?
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二つ目の情報。

2012-11-08 | 短文紹介
産経新聞11月7日。
水曜日の連載、曽野綾子の「透明な歳月の光」は
こうはじまっておりました。

「11月3日の産経新聞は、私たちが目撃できないある情景を伝えてくれた。沖縄県尖閣諸島の魚釣島周辺に現れた台湾の巡視船が、日本の海上保安庁の巡視船に向かって放水を続けたのに、海保の巡視船は、それまでに台湾の漁船を退去させるのに使っていた放水を、台湾の巡視船に対しては使うことをしなかった。それは次ような理由からだという。『国際法では領海内に侵入した無害通航でない外国船の排除は可能だが、日本の国内法にはそうした規定がない。日本政府は「放水などの実力行使は漁船には認められても、公船には認められない』として、退去要請以外には公船への対処策はないという立場を取っている』からだという。・・・」

うん。さいわい、古新聞はほとんどそのままになので、11月3日の産経一面を読んでみる。
読まずにいた記事を読む。

それからしばらくして、思い浮かんだのは、
片田敏孝著「子どもたちに『生き抜く力』を  釜石の事例に学ぶ津波防災教育」(フレーベル館)の、この箇所でした。

「たとえば、授業中に非常ベルが鳴ったときに、逃げ出す人がどれほどいるでしょうか。【火事】を知らせる非常ベルだということはみんな知っています。でも誰も逃げようとはしません。『本当なの?』と疑心暗鬼になって、周りをキョロキョロと見るだけです。その情報をすぐに受け入れようとはしません。人は、『まさか自分が火災に巻き込まれるなんて』と思うのです。・・・災害心理学では『正常化の偏見』と呼びます。『逃げなきゃいけないのだろうな』と思いながら、『今が【その時】なのか』と逃げるタイミング、きっかけをうかがっていて、【逃げる】という決断ができずにいるのです。
人間は、自分に危険を知らせる情報について、最初の情報は無視する習性があります。これを打破するためには、同じ意味を示す二つ目の情報が必要です。逃げてはいないものの、非常ベルによって不安の中にある人は、二つ目の情報が大きな意味を持ちます。」(p60~61)


曽野綾子さんの、反芻する「二つ目の情報」を読めた。
ただ、情報を無原則に吸収するだけじゃいけませんと、
叱咤されているようです。
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