向井敏著「読書遊記」をひらいていたら、
「名言集の傑作」と題した4頁の文がありました。
これは、
谷沢永一著「百言百話」(中公新書・昭和60年)
をとりあげた文。
そういえば、私はこの中公新書が出た時に
思わず惹かれたことを思い出します。
そういえば、この本に対する書評は見なかった。
ところが、ここに書評が出ていたのでした。
「名言集の傑作」の最後を引用。
「『百言百話』は古今の名言を選んで編まれた
本だけれども、・・著者自身が深く感銘をうけた
名言だけに焦点を合せ、また、後記がいうように、
『原文を掲げるのみで一切の説明を省くという、
謙虚に徹した』通常の名言集と違って、
『形式としては名句集仕立ての、しかし内容と
してはエッセイ集』となるように工夫された、
谷沢永一の刻印が鮮明に捺された著作である。
名言集仕立てのエッセイ集といえば、
ギリシャ・ローマの古典の名言佳句をちりばめ、
それをテコとした自在に感慨を披歴した
モンテーニュの『エセー』がまず思い浮ぶし、
そこまでさかのぼらずとも、つい身近にも、
和田誠『お楽しみはこれからだ』(全四巻)、
金関丈夫『朝のことば』、渡部昇一『読中独語』
などの例はある。が、その組織的なことに
かけてはいずれも『百言百語』に一歩を譲らざるを
得ないだろう。・・・・・」
この『百言百語』と、谷沢氏の本で
沼波瓊音の徒然草を読もうと思い。
そのあとに、
ネットで沼波瓊音が簡単に手に入った
こともありがたかった。それでなかったら
私は読まなかっただろうなあ。
ちなみに、
向井敏の「名言集の傑作』は、4頁の最初を、
小松英雄『徒然草抜書』の引用からはじめて
おりました。
私事。
昨日、右下の一番奥の歯が痛いので、
歯医者へ行く。
ああ、これは抜かなければいけません。
と言われて、昨日、今日と膿抜きに
通っております。
髪の毛も歯も、抜けてゆく。
時はとどまらず(笑)。
「名言集の傑作」と題した4頁の文がありました。
これは、
谷沢永一著「百言百話」(中公新書・昭和60年)
をとりあげた文。
そういえば、私はこの中公新書が出た時に
思わず惹かれたことを思い出します。
そういえば、この本に対する書評は見なかった。
ところが、ここに書評が出ていたのでした。
「名言集の傑作」の最後を引用。
「『百言百話』は古今の名言を選んで編まれた
本だけれども、・・著者自身が深く感銘をうけた
名言だけに焦点を合せ、また、後記がいうように、
『原文を掲げるのみで一切の説明を省くという、
謙虚に徹した』通常の名言集と違って、
『形式としては名句集仕立ての、しかし内容と
してはエッセイ集』となるように工夫された、
谷沢永一の刻印が鮮明に捺された著作である。
名言集仕立てのエッセイ集といえば、
ギリシャ・ローマの古典の名言佳句をちりばめ、
それをテコとした自在に感慨を披歴した
モンテーニュの『エセー』がまず思い浮ぶし、
そこまでさかのぼらずとも、つい身近にも、
和田誠『お楽しみはこれからだ』(全四巻)、
金関丈夫『朝のことば』、渡部昇一『読中独語』
などの例はある。が、その組織的なことに
かけてはいずれも『百言百語』に一歩を譲らざるを
得ないだろう。・・・・・」
この『百言百語』と、谷沢氏の本で
沼波瓊音の徒然草を読もうと思い。
そのあとに、
ネットで沼波瓊音が簡単に手に入った
こともありがたかった。それでなかったら
私は読まなかっただろうなあ。
ちなみに、
向井敏の「名言集の傑作』は、4頁の最初を、
小松英雄『徒然草抜書』の引用からはじめて
おりました。
私事。
昨日、右下の一番奥の歯が痛いので、
歯医者へ行く。
ああ、これは抜かなければいけません。
と言われて、昨日、今日と膿抜きに
通っております。
髪の毛も歯も、抜けてゆく。
時はとどまらず(笑)。