石川水穂の「マスコミ走査線」に
「地方紙・ブロック紙も『戦争巻き込まれ』
論が目立った。」
として、そのあとに北国新聞を引用しておりました。
その箇所。
「・・これらの主張に対し、
次の北国新聞の社説は傾聴に値しよう。
『自衛隊の活動を広げる法案ゆえに
〈 日本が戦争をする国になる 〉や
〈 戦争に巻き込まれる 〉などと
反対する声がある。
60年安保改正のときも同じ主張がなされ、
国会は安保反対のデモ隊に包囲された。
だが、あのときの決断があればこそ
日本の平和と安定は保たれたのではなかったか』
『安保関連法案は日米同盟の
強化に伴って抑止力を高め、
〈 戦争に巻き込まれる 〉危険性を
減らすことに主眼がある』
『〈 日本が戦争する国になる 〉などという
批判は当たらない』・・・・」
これは「正論」7月号のp242に
あります。
捜せば、言葉を拾えました。
60年代頃の日本の新聞のイメージというのは
現在の沖縄の新聞にダブルような気がしてきます。
同じ雑誌「正論」に田久保忠衛氏が、
書いておりました。
「・・私はかつて沖縄に住み、
地元の人々の人情に接して
第二の故郷と考えているのだが、
この2つの新聞だけはいけない。
そう考えながら何十年の長い間
琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙
の購読はやめられない。
同じような発行部数を持つ2つの新聞
が保守、革新にわかれて論陣を競うのではなく、
どちらが『日本政府』(両紙がたびたび使用)
により批判的かを誇示し合っている。
言論の自由が許されている国には
珍らしい視野狭窄の競争をしているのだから、
沖縄県が大らかに繁栄、発展するのは難しいと思う。」
(p65~66)
中国の報道。
韓国の報道。
沖縄の報道。
そして、
60年代日本の報道を思いながら。
それじゃ、
現在の日本の報道は、
上記の報道とどこが同じで
どこがどう違うのか。
誰が何と語っていたか。
どの新聞がどう書いていたか。
調べるのは、まさに「今でしょ」。
「地方紙・ブロック紙も『戦争巻き込まれ』
論が目立った。」
として、そのあとに北国新聞を引用しておりました。
その箇所。
「・・これらの主張に対し、
次の北国新聞の社説は傾聴に値しよう。
『自衛隊の活動を広げる法案ゆえに
〈 日本が戦争をする国になる 〉や
〈 戦争に巻き込まれる 〉などと
反対する声がある。
60年安保改正のときも同じ主張がなされ、
国会は安保反対のデモ隊に包囲された。
だが、あのときの決断があればこそ
日本の平和と安定は保たれたのではなかったか』
『安保関連法案は日米同盟の
強化に伴って抑止力を高め、
〈 戦争に巻き込まれる 〉危険性を
減らすことに主眼がある』
『〈 日本が戦争する国になる 〉などという
批判は当たらない』・・・・」
これは「正論」7月号のp242に
あります。
捜せば、言葉を拾えました。
60年代頃の日本の新聞のイメージというのは
現在の沖縄の新聞にダブルような気がしてきます。
同じ雑誌「正論」に田久保忠衛氏が、
書いておりました。
「・・私はかつて沖縄に住み、
地元の人々の人情に接して
第二の故郷と考えているのだが、
この2つの新聞だけはいけない。
そう考えながら何十年の長い間
琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙
の購読はやめられない。
同じような発行部数を持つ2つの新聞
が保守、革新にわかれて論陣を競うのではなく、
どちらが『日本政府』(両紙がたびたび使用)
により批判的かを誇示し合っている。
言論の自由が許されている国には
珍らしい視野狭窄の競争をしているのだから、
沖縄県が大らかに繁栄、発展するのは難しいと思う。」
(p65~66)
中国の報道。
韓国の報道。
沖縄の報道。
そして、
60年代日本の報道を思いながら。
それじゃ、
現在の日本の報道は、
上記の報道とどこが同じで
どこがどう違うのか。
誰が何と語っていたか。
どの新聞がどう書いていたか。
調べるのは、まさに「今でしょ」。