小泉信三著「思うこと憶い出すこと」から
前回のブログで、鎌倉の大震災を引用しました。
そのつづき。
「・・・・・
庭の楓の木の下に蹲まっている妻の傍らに来て、
一緒にわが家を見る。家は揺れるというよりは、
波に漂うともいいたいように動いている。
この年二つになった女児は、ようやく歩けるように
なって、下駄を買うと、使に行く女中について、
外に出ていた。これだけは駄目か、と思っている
ところへ、平気な顔をして帰って来た。
これで家中顔が揃った。
すると、半鐘が鳴り出した。
電車通りの方向に幾条かの煙が見える。
風は八幡宮の方へ吹きつけていたが、
よしこちらが風下であっても、
何の手の下しようもなかったのである。
また、働こうという気にもならなかった。
この間にも、大地は殆んど絶間なく揺れた。
震動がやむと、合間合間に、山で蝉が鳴く。
ただこの蝉の声だけが、遠い昔の世と今とを
繋ぐもののように感じられた。
やがて夜になった。楓の木の下に、
戸板で屋根を葺き、蚊帳を釣って、
家中の者が入って寝た。
耳を地につけていると、
海の方から地鳴りがして来る。
それが近づくと、地は浮き上り気味に揺れる。
それが幾度となく繰り返されている中に、
天が明るくなって来た。この明け方に、
二三町離れた、小町園という旅館が焼けた。
風のない、星の多い空に、火の粉がまっ直ぐに
昇って行く。昨日は強風の中に火が起っても、
何とも感じなかったのに、今はこの、
延焼の恐れのない火事が恐ろしく、
いいつけて、井戸から水を汲ませたりした。
打ちひしがれた人々は、
意外に早く息を吹き返した。
次ぎの日には、もう仮りの住居を造る
金槌の音が、町の方々で聞え出した。
私の家でも、始めは余震の合間に、
女中が恐る恐る家の中へ入って、
必要品を取り出して来ては、
戸外の生活をつづけていたのであったが、
幾日かして馴染の大工が来て、
庭に杭を打ち込み、電信柱ほどの大丸太を
それにあてがって、傾いた軒の支柱にして
くれたので、一面の壁土を掃き出し、
畳や柱に雑巾がけをして、
一同屋根の下へ帰って行った。・・・」
(全集16・p238)
もう少し、引用したい箇所があります。
次のブログで(笑)。
前回のブログで、鎌倉の大震災を引用しました。
そのつづき。
「・・・・・
庭の楓の木の下に蹲まっている妻の傍らに来て、
一緒にわが家を見る。家は揺れるというよりは、
波に漂うともいいたいように動いている。
この年二つになった女児は、ようやく歩けるように
なって、下駄を買うと、使に行く女中について、
外に出ていた。これだけは駄目か、と思っている
ところへ、平気な顔をして帰って来た。
これで家中顔が揃った。
すると、半鐘が鳴り出した。
電車通りの方向に幾条かの煙が見える。
風は八幡宮の方へ吹きつけていたが、
よしこちらが風下であっても、
何の手の下しようもなかったのである。
また、働こうという気にもならなかった。
この間にも、大地は殆んど絶間なく揺れた。
震動がやむと、合間合間に、山で蝉が鳴く。
ただこの蝉の声だけが、遠い昔の世と今とを
繋ぐもののように感じられた。
やがて夜になった。楓の木の下に、
戸板で屋根を葺き、蚊帳を釣って、
家中の者が入って寝た。
耳を地につけていると、
海の方から地鳴りがして来る。
それが近づくと、地は浮き上り気味に揺れる。
それが幾度となく繰り返されている中に、
天が明るくなって来た。この明け方に、
二三町離れた、小町園という旅館が焼けた。
風のない、星の多い空に、火の粉がまっ直ぐに
昇って行く。昨日は強風の中に火が起っても、
何とも感じなかったのに、今はこの、
延焼の恐れのない火事が恐ろしく、
いいつけて、井戸から水を汲ませたりした。
打ちひしがれた人々は、
意外に早く息を吹き返した。
次ぎの日には、もう仮りの住居を造る
金槌の音が、町の方々で聞え出した。
私の家でも、始めは余震の合間に、
女中が恐る恐る家の中へ入って、
必要品を取り出して来ては、
戸外の生活をつづけていたのであったが、
幾日かして馴染の大工が来て、
庭に杭を打ち込み、電信柱ほどの大丸太を
それにあてがって、傾いた軒の支柱にして
くれたので、一面の壁土を掃き出し、
畳や柱に雑巾がけをして、
一同屋根の下へ帰って行った。・・・」
(全集16・p238)
もう少し、引用したい箇所があります。
次のブログで(笑)。