何を読んだらよいのかと(笑)、
前書と後書とをパラリ。
気になっていていた
加藤秀俊著「メディアの展開」(中央公論新社)の
はしがきを開く。
はしがきの最後の方に
「『見世物からテレビへ』以降の雑多な著作のなかでも
ずいぶん徳川期の書物などを引用しているけれども、
あれは手当たり次第に発見した文献をもっとらしく
参照していただけで、本格的にあれこれの書物を
完読したわけでもなかったし、たとえば天明狂歌の
仲間たちのように同時代人たちのこまやかで愉快な
交友などをしらべることもなかった。
・・・若気の至り、といって弁解することもできようが、
いま再読してみるとわれながら恥ずかしい。・・」
こういう語りにつられて読んだのに、そして、
昨年の読書なのに、さっぱり覚えていない。
こころして、再読しなくちゃ。
そう思える貴重な本に出会えたという幸せ。
でもって、今年は一回目の再読。
どれほど、参考文献へと駒をすすめられるのか。
うん。それが問題(笑)。
はい。2016年1月の抱負。
前書と後書とをパラリ。
気になっていていた
加藤秀俊著「メディアの展開」(中央公論新社)の
はしがきを開く。
はしがきの最後の方に
「『見世物からテレビへ』以降の雑多な著作のなかでも
ずいぶん徳川期の書物などを引用しているけれども、
あれは手当たり次第に発見した文献をもっとらしく
参照していただけで、本格的にあれこれの書物を
完読したわけでもなかったし、たとえば天明狂歌の
仲間たちのように同時代人たちのこまやかで愉快な
交友などをしらべることもなかった。
・・・若気の至り、といって弁解することもできようが、
いま再読してみるとわれながら恥ずかしい。・・」
こういう語りにつられて読んだのに、そして、
昨年の読書なのに、さっぱり覚えていない。
こころして、再読しなくちゃ。
そう思える貴重な本に出会えたという幸せ。
でもって、今年は一回目の再読。
どれほど、参考文献へと駒をすすめられるのか。
うん。それが問題(笑)。
はい。2016年1月の抱負。