和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

町工場と漁師と星野博美

2023-01-12 | 本棚並べ
NHKの朝の連続ドラマは、町工場のお話。
え~と。題名は何でしたっけ?

それはそうと、町工場といえば、
星野博美著「コンニャク屋漂流記」(文芸春秋・2011年)が
わたしには思い浮かぶ。この本のはじまりにこうありました。

「・・私は町工場の娘であり、漁師の末裔である。
 
 祖父は外房の漁師の六男で、祖母はやはり外房の農家の次女だった。
 祖父が東京に出て町工場を始めた・・・・
 在京漁師三世、あるいは漁師系東京人三世といった感じだろうか。

 体のどこかに漁師の血が流れていることは感じる。
 祖父の祖国(外房)で暮らしたことはなく、
 祖父の母語である漁師語は喋れないが、聞けば意味はわかる。

 時々独り言を言う時、漁師語が飛び出して
 自分でもびっくりすることがある。

 またわが家の常識が外の世界ではまったく通用せず、
 実はそれが漁師の常識だったと驚かされたことも
 一度や二度ではない。・・・

 私にとって、祖父の存在はとてつもなく大きかった。・・  」( p8 )


こうしてはじまるのが「コンニャク屋漂流記」でした。
その印象が鮮明だったので、

星野博美著「世界は五反田から始まった」(ゲンロン叢書・2022年)
を買うことにしました。はい。未読です。
その「おわりに」にはこうありました。

「・・大五反田エリアが工場地帯として急変貌を遂げ始めた大正4年から、
 100年と少しがたった。祖父が上京したのがその翌年で、わが家は三代かけ、
 一世紀にわたって五反田界隈と付き合ってきたことになる。

 父が完全に仕事をやめて製造業から足を洗ったことは、
 思いのほか大きな喪失感を私に与えた。
 1997年に工場を閉鎖した・・・・

 そこに製造業があったからこそ、祖父は外房から五反田へやって来た。
 その製造業という柱が消滅してしまったいま、体内の血液が急に薄く
 なって体がふわふわするような、妙に心細い気持ちがしている。  」
                 ( p359~360 )


うん。もどって「コンニャク屋漂流記」の前半から
漁師の箇所を引用しておわります。
祖父の手記を引用しながら書かれている箇所です。

「 祖父と父が一回大げんかをしただけで、
  家族全員泣き出してしまうような家だったらしい。

    うちの母等はいつも朝早く神社や祈祷所に行き、
    大漁の出来ます様、お祈りして居ました。

    漁師の家では朝、神棚へお灯明上げ、又仏壇にお線香上げ、
    一日の無事、又大漁する様にお祈りするのが常です。
   
    私も何十年も前から神棚仏壇に水、御飯、線香上げて
    手を合わせて居ますが、小さい時からのならわしです。

    家族も子供も、朝は機嫌よくしなければならないのです。

  なぜここまで毎日無事と安全を祈るのかといえば、
  漁師の勤務先が『板子一枚 下地獄』の海だからだ。
 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  私は幼い頃のことを思い出した。
  私はとにかく機嫌の悪い子供で、
  自分でも何が理由か全然わからないのだが、
  とにかくいつも何かに対して怒っていた。

  そんな私の仏頂面を見るたび、父は
  『 一体全体、何が気に入らないんだ。子供は笑うのが仕事だ! 』
  と雷を落とした。

  いまになってようやく、その意味がわかる。
  
  妻は夫の無事を祈り、子供は機嫌よく父親を海へ送り出す。
  それが漁師の家族の、仕事だったのである。

  そしてその家風が、形を変えて私の時代にも生きていたのだった。 」

                         ( ~p68 )
コメント (4)
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