和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

型にはまらない茶花。

2023-01-15 | 短文紹介
「大村はま国語教室」第4巻のはじまりに、
10箇条が並んでいます。気になったのが第5と第6。
その箇所を引用。


「 第五に、気軽に読み、根気よく読みつづける力、根気よく聞き入る力。
  第六に、気軽に筆まめに書き、根気よくまとめあげる力。      」


はい。大村はま先生の国語教室を知らなかった私は、
今年の一年かけて、大村はまさんの本を開くことに。

思えば、気楽に読み、気楽に書きというのは身近でしたが、
『根気よく』を知らず人生をぼんやり過ごしておりました。

でもしょうがない、いままで『根気よく』してなかったし、
この根性は直せないだろうなあ。今からでも出来ることを
するしかないじゃない。と思うのでした。

え~と。ここから花の話。古本で買ってあった
堀宗凡著「茶花遊心」(マフィア・コーポレーション。1987年)を
本棚からとりだす。そのあとがきは、こうはじまりました。

「 老 西山氏は近くの茶店での偶然の出会いの人である。
  彼の手持ちのモノクロのネガはちょうどこの茶花遊心
  をとるだけ残っていた。

  何もない茶室で彼は『 茶花をいけなさい、私がうつします 』
  といい出した。且て雑誌『主婦の友』のいけ花専門のカメラマン
  であったから、その後一年、彼とは活花をおいて
 『 イエス、ノー 』の外にはいつも何も語っていない。
  かくとり終って三月後他界された。すべては
  彼の胸中に秘められた人生仕上げであった。・・・    」


はい。この本は、1ページごとに茶花の写真があり、
堀氏の文があるのでした。ふられたページ数は397ページ。
うん。185ページには『野趣』とある。文はこうはじまります。

「 淡々斎は茶花を活けるには習った花はうまくないと、言われた。
  自分は教えられるまま何流も習わず終ってしまった。

  花は野にある如くと利休はいった。
  露もつ如くばらり、はらり、ほろほろ ・・・・・    」

ちなみにこのページの茶花の写真の左には説明がありました。

 「 花 / とりあし升麻、紅忍冬、木槿、操の木
   器  /     唐物蝉籠 山水のれん        」


はい。堀氏の茶花の写真を見て、引用した文をうつしていると、
最初の大村はまさんの十箇条のはじまりが思い浮かぶのでした。

「 第一に、型にはまらない、のびのびとした態度を育てることである。
      思うぞんぶん、ぐんぐんと個性を発揮する力をつけ、
      独創的な個性的な表現を心がけ、また、それを
      味わったり喜んだりするような力をつけることである。  」




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする