ちくま文庫「出久根達郎の古本屋小説集」(2023年11月発行)を買う。
パラリとめくれば、
古本屋の主人が、売上ゼロとにらめっこして、
古書目録をつくり地方に発送する場面がある。
はい。印象深いので引用。
「主人は思案の末、古書在庫目録を作って、地方の客に送ることにした。
地元の特定客だけを当てにしていては、細る一方である。
古本屋が近辺にない地方の人たちを顧客にしよう、と考えた。
資金が乏しいので、手書きでコピー印刷することにした。
40ページの小冊子を作った。
雑誌の愛読者欄を見て、本を好みそうな人を摘出した。
古書目録『書宴』第一号は昭和56年8月6日に出来あがった。」(p57)
「主人の手作り古書目録『書宴』は、号を追うごとに大変評判になった。
品物が安価であること、掘り出しが多いこと、の他に、
目録の記述そのものが面白いとほめられた。
本の一冊一冊に、主人が解説を施したのである。
・・・楽しみながらの無駄口講釈である。 」(p61)
さてっと、ここいらまでは事実のような気がするのですが、
『Kさん』の場面は、すこしフィクションを交えているかも。
ノンフィクションかフィクションか。その箇所を丁寧に引用。
「Kさん、という客がいた。目録の創刊号以来のお得意だが、
毎号、熱心に注文を下さるのだけれど、大抵ほかの客と
目当ての品がぶつかってしまい、先着順の受けつけゆえ、
運悪く後れを取る。・・・・
しばらくしてKさんからの注文が絶えた。目録は送り続けたが、
そろそろ中止の潮時かも、と考えていた矢先、
Kさんの息子と名のる若者が訪ねてきた。
Kさんは四国の、奥深くに在住の方である。
むすこさんは東京に用事があって出てきたのであった。・・・
父親に頼まれたのである。・・父に託された、と里芋のように
丸いトロロ芋を下さった。袋に詰めて重いのをわざわざぶら下げて
きたのである。・・・・
これでは目録の郵送をやめるわけにいかない。
しかしその後もKさんからは、一度も注文がなかった。・・・」(p63)
このあとに、主人公は、Kさんの死を知らされます。
「『 父はベッドで『書宴』を読むのが唯一の楽しみでした。
書宴が送られてこなくなるのを、極度に恐れていたんです。
ならば毎回注文を出せばよいものを・・妙な父親でしてね。・・
でも父は喜んでいました。
『書宴』が最後まで父の枕頭の書でありました。・・ 』
・・・古書目録は、Kさんにはむしろ『本』だったのだ。 」(p64)
さてっと、ちくま文庫の解説は、南陀楼綾繁さん。解説の題は、
『古本屋のことはぜんぶ出久根さんに教わった』とあります。
最後に、その解説から、この箇所を引用。
「出久根さんは『書宴』という古書目録を発行していたが、
そこに載せた文章が編集者の高沢皓司氏の目に留まり、
それが『古本綺譚』にまとまった。
『 高沢さんは、
【 古本屋の親父の身辺雑記、と人には言いふらして下さいよ。
小説集、と絶対に口をすべらせてはいけませんよ。
無名の人間の小説集は売れませんからね 】
と釘をさした。私は口外しないと約束した』(「親父たち」)
その嘘に見事に引っかかった私(南陀楼さん)は、
かなり後まで『古書綺譚』はエッセイ集だと信じていたのだ。」(p408~409)