庄野潤三全集の各巻の最後に阪田寛夫氏が
『 庄野潤三ノート 』を書いております。
庄野潤三の『静物』は、読んだことがないのですが、
私は読まい前に、『 静物 』を語りたくなりました。
庄野潤三著『 文学交友録 』(新潮文庫)の
佐藤春夫の章に、それはありました。
それは昭和34年。雑誌に一挙掲載の長い小説を書く約束をして、
『 なかなか書くことが決まらなくて難渋した 』(p186)状態が
半年以上続いたことに関しての記述に、佐藤春夫氏が出て来るのでした。
ある出版を祝う会に出席した庄野潤三は、佐藤春夫から声をかけられます。
「 この会で佐藤先生は私を見つけると、
『 どうしているのか? 』と訊かれた。・・・・
私が自分の現在の状態を報告すると、
『 なぜ書けないのか 』と問いつめられた。
私はどう答えたのだろう。
書きたいことはあるんです。
ただ、それがみな断片で、どういうふうに
つなげてゆけばいいか分からなくて、書けないんです
というふうにいったような気がする。
佐藤先生は聞き終わると、
『 そうか。それなら、
書きたいことを先ず一、と書いてみるんだね。
次に二、としてもう一つ書く。とにかく、書いてみるんだね。
それからあとは、三、として次のを書く。
四、として次のを書く。そこまで書いて、
もし三と四を入れ替えた方がよくなると気が附けば、
順序を入れ替えてもよし。そうやって、
胸のなかに溜まっているものを断片のままでいいから、
全部書いてしまうんだね 』
そういうふうに話された。佐藤先生は、
考え込んでいては駄目だ、ともかく書き出せ、
といっておられるのである。それが私に分った。
私は『 有難うございます 』といって、
お辞儀をして引き下った。・・・・・
私は、実際、佐藤先生にいわれた通りに、
先ず一、として、子供にせがまれて一緒に
近くの釣堀へ出かける話から書いたのであった。
そうしたら、道がひらけて、二が書け、三が書けて、
話が( 不思議なことに )つながって行った。・・」(p187~p188)
え~と。庄野潤三全集には各巻の最後には、
阪田寛夫の『 庄野潤三ノート 』が掲載されておりました。
そこにこうあります。
「 このノートを書き始める前、ある日
庄野さんの著書を本棚の右端から出版順に並べ直してみた。
その時『 静物 』がずいぶん右の方に来たのに驚いた。
私はもう少し真中寄りだと思っていたからだ。
私の中には『 静物 』で漸く何かが定まったという気持があって、
すべてがここに流れこみ、ここから発するように考えていたためだろう。
知らない間に、私は庄野さんの全作品を『 静物 』の位置から眺め、
『 静物 』の眼鏡で味わうようになっていたのかも知れない。 」
( p475 庄野潤三全集第3巻 )
そうして、どこから引用されてきたのか。
ここにも佐藤先生の助言が載せてあります。
ニュアンスが微妙にことなるので、こちらも引用しておきます。
「 ・・『 書きたいと思うことは幾つもありますが、
みな断片になって続いて行きません。それで書き出せないのです 』
『 それなら先ず書きたいことを1と番号をつけて書く。
次に書きたいことを2・3・4・・・と書いて行く。
途中で4が3より前に来る方がいいと思えば入れ替えればいい 』
更に、書かないで書けないと考えるのは
溝の所まで来て立止るようなものだ、
『 先ずとんでみよ 』と言われた。
( 註「静物」1章を見よ )その後・・・『静物』を書き出すに当って、
『 1・2・3・4・・・と書いて行くその置き方、
一つから一つに移るアレが生命となった。・・・ 』
と庄野さんは言った。・・・・・ 」
( p478 庄野潤三全集第3巻 )
はい。万事横着な私は、それじゃ『 静物 』から読もうと
読まない前から思うのでした。
さてっと、佐藤春夫先生は、どういうことを伝えようとしたのか?
そう思ったら、私は鶴見俊輔著『 文章心得帖 』(潮出版社)の
この箇所が思い浮かぶのでした。最後にそこからも引用して終ります。
「 これは文間文法の問題です。
一つの文と文との間をどういうふうにして飛ぶか、
その筆勢は教えにくいもので、会得するほかはない。
その人のもっている特色です。
この文間文法の技巧は、ぜひおぼえてほしい。・・・・
一つの文と文との間は、
気にすればいくらでも文章を押し込めるものなのです。
だからAという文章とBという文章の間に、
いくつも文章を押し込めていくと、書けなくなってしまう。
とまってしまって、完結できなくなる。
そこで一挙に飛ばなければならない。 ・・・・ 」( p46 単行本)
まだ、私は『 静物 』を読んでいないのでした。
ただ『 明夫と良二 』をさきに読んでいるので、
そこからオモリをおろしてみたい。そんな楽しみ。
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