ドナウの四季 2011年秋号The Danube Quarterly の目次
私と音楽 盛田 常夫 1
夏のホームコンサート 桑名 一恵 2
ちょっとした疑問から始まった日本語との出会い ネーメト・アニタ 4
リスト音楽院の魅力 チャロー・エディナ 5
緑の丘日本語補習学校 鷲尾 亜子 6
留学生自己紹介 赤星 南 ・ 奥野 里穂 ・ 誓山 藍 ・ 舘岡 真澄 8
柔よく剛を制す 盛田 常夫 12
ハンガリーでのゴルフの思い出 岡崎 眞二 13
ブダペスト日本人学校「ふれあい大運動会」 坂井 圭子・児童の作文 14
スポーツ行事・運動サークル情報 16
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「私と音楽 」 盛田 常夫
大学教員になりたての頃、ゼミの学生を連れてスキー合宿に行
った。食事が済んでカラオケタイムになり、フランク永井の「有楽町
で逢いましょう」という定番の歌謡曲を歌ったが、学生たちはきょ
とんとしている。無理もない、この曲は学生たちが生まれる前にヒ
ットしたものだ。彼らが歌うものは皆躍動感があって、テンポが速
かった。歳の差を感じて白けたのを覚えている。
1988年に二度目のハンガリー長期滞在が決まり、すぐにブダ
ペストのアパートにピアノを借りた。件のカラオケに懲りて音楽ジ
ャンルを変え、日本から持参したのは小椋佳、来生たかお、井上陽
水、五輪真弓などのニューミュージック系の楽譜。一人住まいだっ
たので、毎夕、弾き語りで遊んでいたが、このハンガリー滞在中に
さらに音楽のジャンル趣向が変わった。
1970年代の終わりにハンガリーに留学して初めてオペラ芸術
なるものを知り、88年から2年間は足繁くオペラハウスに通った。
とくに、モーツアルト「ドンジョヴァンニ」とプッチーニィ「ボェーム」
の二つのオペラは繰り返し鑑賞したが、出張の度にベルリン、ミュ
ンヘン、プラハ、ウィーンでオペラ劇場を探し、「ドンジョヴァンニ
ィ」の舞台を楽しんだ。このオペラ熱が高じて、昼休みごとにペトュ
ーフィ・シャンドル通りの楽譜屋(ロージャヴュルジ)に通い、オペ
ラのピアノ譜を買い漁りだした。ドイツのPeters Edition社のオペ
ラピアノ譜を安く買えるので、ピアノ譜が入るたびに買い求めた。
「ボェーム」はプロの音楽家にも人気がある。マエストロ小林は
ルドルフのアリアを弾き語りするし、やはり指揮者でハンガリーの
故ルカーチ・エルヴィンは暗譜で「ボェーム」を振っていた。ピアニ
ストの加藤洋之君も、我が家でいきなりムゼッタのアリアを弾き出
し、「これが好きなんだよね」と語っていた。このオペラはプッチー
ニの最高傑作で、これ以外のオペラは無駄があり退屈する。「ボェ
ーム」は起承転結が明瞭で、アリアやドュエットが散りばめられて
いる。モチーフの旋律が一貫して流れて、時間的にも短い。そこが
音楽家にも好まれるところだろうか。
私はピアノや歌唱の教育を受けていない。自己流だから、絶対
的な限界がある。急に思い立って中学生の時に2年ほどピアノを
習ったが、家にはオルガンしかなく、歯がゆい思いをした。しかも、
団塊世代の受験競争で、すぐにピアノから遠ざかってしまった。そ
れから数十年の時間を経て、1990年代初めに「炎の指揮者コバ
ケン」こと小林研一郎さんと出会って、音楽の世界が広がった。「門
前の小僧習わぬ経を読む」で、マエストロのリハーサルに立ち会
ったり、ホームコンサートに来ていただいたりして、発声や歌い方
などを教わった。ピアノは駄目でも、歌と一緒の弾き語りなら、なん
とか形になるのではないかと、無謀にもオペラのピアノ譜で弾き
語りに挑戦しだした。
幸い、私の周りにはたくさんの音楽家の友人がいる。もっとも古
い仲間が坂井圭子さんで、ハンガリー野村証券で最初に採用面接
して以来、何かの催し物がある度に共演をお願いしている。ムッゼ
タのアリアはホームコンサートの定番で、私が弾ける数少ないア
リアの一つ。ジョヴァンニィとツェルリーナのDuettinoは小さな集
まりで披露するかくし芸。最近は、国立フィルのバルタ・ジョルトと
モルナール・ジュジャンナ夫妻のチェロとバイオリンをバックにし
て、歌曲や日本のポップスを歌うのが楽しみになっている。
昨秋来、日本へ出張する度に、機内で最新のポップスを聴いて
いる。順々に最初の出だしの20秒程度を聴く。子供のグループが
ワイワイ騒いでいるような雑音は出だしの数秒で駄目を押す。長
く歌い続けられる、しっとりと聴かせるような旋律に出会うと、最後
まで聴く。これまでの収穫は「コブクロ」。彼らが自分の味付けで古
いヒット曲を歌っているのが気に入った。そこから、尾崎豊「I love
you」と槇原敬之「Answer」を選び、インターネットで楽譜を購入
した。昨年のクリスマスはチェロ、バイオリン、ピアノをバックにAnswer
を歌った。ただ、これはもう20年ほど前のヒット曲で新曲では
ない。もっと新しいものがないかと探していたら一つ収穫があった。
「指輪」(Nagy & Ivory)のCDを購入したところ、「最愛」という曲
が付属していた。「指輪」は結婚式などで結構使われているヒット
曲だが、この「最愛」はほとんど知られていないいわゆるB面曲。と
ころが、「指輪」より詩も旋律も良く気に入った。これもインターネッ
トでピアノ譜を購入した。今冬のクリスマスパーティにはこの曲の
弾き語りが披露できそうだ。
最近、バルタ・ジョルト夫妻からもらったセシリア・バルトリのCD
がすごく良い。最初の曲がヘンデルのオペラ「リナルド」のアリア「
私を泣かせてください」。彼女の歌には感情がいっぱい込められ
ている。日本でも岡本知高がテレビドラマの主題曲として歌ってい
るが、これは淡谷のり子が歌っているようで気持ち悪い。NHKの朝
ドラで鈴木慶江が歌っていたのもこの曲だが、彼女が歌うと文部
省唱歌になってしまう。バルトリを聴いてしまうと、やはり日本人に
は歌うのが難しいと考えさせられる。YouTubeを見ると、ニュージ
ーランドの若い歌手ヘイリー・ウェステンラもこれを歌っている。
日本でも知られている歌手だが、彼女の「私を泣かせてください」
は別の意味でいただけない。歌詞の内容を知らないのか、明るく
一本調子に歌っている。マエストロ小林がこれを聴いたなら、「君
は下手だね。歌詞を勉強したの? 家に帰って、もう一度歌詞を勉
強してからいらっしゃい」と、リハーサルから下ろされるだろう。7月
のホームコンサートでは、ホストの特権で、バルタ夫妻に井上奈央
子さんをバックにこの曲を歌わせてもらった。もちろん、バルトリが
歌うように、心をこめて。 (もりた・つねお)
盛田常夫さんについては、http://morita.tateyama.hu (Homepage of Morita)
をご覧下さい。
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