秋になると蚊が居なくなる。気持ちよく庭の仕事が出来るようになる。ムクゲを短く剪定し、アジサイも刈り込んでしまう。雑草も枯れてくる。小さな畑のキューリとナスも終わった。長い間新鮮な実を与えてくれた小さな畑。裏のキンモクセイの花も散ってしまった。良い匂いもアッという間に終わってしまった。庭が急に明るくなる。こうして季節が目まぐるしく変わって行く。
そうして家内も私も確実に年老いて行く。
今年の夏は暑かった。冷房装置を夜通しつけた日が多かった。
今年は時の流れが一段と速いような気がする。いろいろな事があったがみな過去という世界へ流れ込んでしまった。
先日散策した湿地公園ではススキの穂が、ガマの穂が秋深いことを告げている。(下に写真を掲載しました)。
散歩の時は何も考えないことにしている。
自然をジッと見て季節の流れの不思議さを想う。無我の境地とはそのようなものと思う。
他人と議論をしたり、難しい理屈を書いたりすることが何か無駄なことのように想う。
そんな悠々とした気持ちで秋の日々を過ごす幸せを噛みしめて居る。
現役を引退した皆様もきっと同じように悠然と老後を過ごしていると信じています。
写真の出典:http://www9.ocn.ne.jp/~galaxyz/Rothenburg2.htm
ヨーロッパのローカル文化を楽しむための簡単な方法がある。その地方だけの言葉を用いることだ。それと古い地名を使うのも重要だ。
例えばドイツでは、こんにちは!、はグーテンタークであると日本の学校では教えている。間違いではないが、南ドイツでは言わない。グリュースゴットと挨拶する。神のお加護を!という意味だが、それ程立派な信仰生活をしているわけではない。それから地名は昔風に、フランクフルト・アム・マインとかローテンブルグ・オプ・デア・タウバーという具合に呼ぶ。マイン河のほとりのフランクフルトとかタウバー河のほとりのローテンブルグという意味である。ドイツの町が、河による運送が重要だった時代からの古い呼び方である。こういう言葉を使うと南ドイツ人は途端に相好を崩し、いろいろ面白いローカル文化を教えてくれる。1969年8月から10月までドイツ語の集中研修のためにローテンブルグのある古風な家に下宿した。朝食は自炊、昼食は語学学校で給付する食券で町のレストランで食べる。夕食は自費で昔風のレストランで地元のワインを飲みながらユッタリと時間を過ごす。いささか酔うので地元の常連客と仲良くなる。下宿の部屋には簡単なキッチンとシャワーが付いている。毎日シャワーでは味気ない。ゆったりお風呂につかりたい。レストランでの夕食のあと地元の人に聞くと銭湯があると教えてくれた。早速、次の日の夕方行ってみる。入り口を入ると切符売り場のような窓がある。お金を払うと石鹸、小さなタオルとバスタオルを渡してくれて、「奥の廊下の左右、空いている部屋のお風呂へ入りなさい」と教えてくれる。廊下を歩いて行くと3畳間くらの小部屋が左右に10個くらいずつ並んでいる。空いている部屋に入り、鍵をかける。見ると猫足の格好をした古風な脚が4本ついた大きなバスタブが置いてある。蛇口から湯がほとばしる。ゆったり浸かり、温泉気分になった。それ以来、毎週2回くらいずつ銭湯の世話になる。あとからよく聞くと、ドイツの田舎町には、旅をする人々のためのホテルがある。しかしシャワーが付いてないのが普通だったそうだ。そこでこの様な銭湯が必要になる。現在のホテルでも、城壁の内部では建物の改造が禁止されているので寝るだけの部屋が多いそうだ。このような安いホテルに泊まるのは若い人々が多く、そのような人が銭湯を使用するという。それ以来、ドイツの古い町に行ったときは何となく銭湯を探す癖がついてしまった。ホテルの壁に大きな字で、「Fliessender Wasser」(美味しい泉の水が豊富に流れてるよ!ーというような意味)と書いてある古い町では銭湯がある。銭湯は長く浸かっていても誰にも邪魔されない。旅の疲れをとるのに具合が良い。ドイツではバーデン・バーデンのように温泉もある。但し日本の温泉とは雰囲気が全然違う。清潔な湯船に決まった時間だけ繰り返し浸かる「温泉療法の湯」が多い。こちらは落ち着かなくていけない。お勧め出来ない。話は飛ぶが、中国の東北地方の湯崗子という温泉に入ったが、その内容はローテンブルグの銭湯と同じ構造であった。ただし蛇口をひねると硫黄臭のある温泉の湯がほとばしった。これはどうもヨーロッパ人が持ち込んだ構造らしい。
日本の東北地方では、木の湯船に混浴で入るので、大らかな寛いだ気分にはなれる。温泉だけは日本が世界一と信じています。(終り)