日曜の午後。久々に歩きました。せっかくの日曜の午前、職場にでかけ、そのついでに、たまには昼飯でも食べようか、ということになりました。西大島駅近くの「さと」で、こちらは、季節の天丼セット、相方は、とろろソバ。
ちょっと遅い、昼飯。あれこれ四方山話をして、時間が経った。でも、せっかく真冬の中の、穏やかな日ざし、少し歩いてみるか、となった。
まず、小名木川へ。川沿いには、江東区立中学校の校舎。その中学が廃校になって、別の学校と統合。今は、別の区立小学校の建て替え工事のため、その仮校舎として使われて、体育館もそのまま。
そこから明治通りに出て、ぶらぶら南下して開進橋。かつて、大きな貨物駅だったJR貨物・小名木川駅。今、再開発の大工事中。南側には、すでに大きなマンション。北側には、これまた広大な敷地に「アリオ(イトヨ)」を建設中。春先には開店の予定。駐車棟も大きいようで、もうすっかり外観は、完成。
構内には何本もの線路があって、水陸両用の貨物駅として盛んだったこの駅も廃止となって、今は、越中島に向かう貨物線一本が、南に下っていくだけ。当時の貨物敷地との境界となっていた辺りも、まるで面影なし。ただ、マンションの南にある小さな公園に、ささやかなモニュメントがありました(線路状に敷石も置かれています)。写真は、その近くで撮ったもの。貨物列車が盛んに行き交っていたころのままなのか、かなり古びた家屋が何棟か。その路地は、昔ながらの道のようです。
明治通りをはさんだ東側には、TVでもよく取り上げられる「砂町銀座」(商店街)が。細い道路両側に商店が軒を並べ、活気のいい声が響く、おおぜいの人でごった返していました。お年寄りの姿、子連れの若い夫婦であふれています。魚や野菜などの生鮮食品屋さんに混じって、服飾関係の店や焼き鳥、おでんなど加工食品のお店も多く、おいしそうな匂いを放っていました。服屋では、「5円」均一などの服も売っていて、びっくり。
けっこう長い商店街で、東側の丸八通りまで続いています。「イトヨ」などのきれいでしゃれた大型店舗には負けないぞ、との心意気をこれからも味わいたいものです。
丸八通りをさらに南へ、葛西橋通りを左折して「ジャスコ」へ。この辺りは南砂。店内をぐるっと回って本屋に入って、電化製品売り場で地デジ対応のテレビの値段を見て(いまだにアナログのテレビなのです)、再び外へ。
「弓道部全国大会出場」という垂れ幕の下がった、都立東高校を横目で見ながら、北上。この辺りは、仙台堀公園となっています。この公園、西にも続いていますが、今回は北に向かいました。所々に、案内の音声サービスが置かれています。冬枯れの今は、木立もすっきりと寒そうに立っています。
釣り堀があったり、投球用の壁(そこには、キャッチャーとバッターの絵が・・・)があったり、小高いコンクリートの滑り台があったり、と工夫があります。が、いかんせん少し日も暮れかかった、冬の午後。あまり人の姿は目立ちません。犬を連れた散歩の人が、ちらほらと通るだけ。ネコとカラスのけんかを横目に見ながら行くと公園もお終い。
小名木川にかかる「塩の道橋」(由来が書かれた標識が見つからなかった)を渡り、対岸に。今度は西に向かい、丸八通りをくぐってしばらく進む。それから北に道を選んで、新大橋通りを横切って、中の橋商店街へ。ここもけっこう賑やかな商店街。まだまだ江東区や墨田区には元気な下町商店街があります。
そのまま北に向かうと、上を首都高(小松川線)が通る竪川にぶつかり、今度は西に向かうことに。右は運河と道路にはさまれた、同じような建て売り住宅が並び、左は住宅公団の建物群。大島6丁目。
もうそろそろくたびれた!お日様もすっかり西に沈んで、やはり冬の夕暮れの気配。甲子園に出場した城東高校まで来ると、亀戸駅まであとわずか。かつて都電の線路が敷かれていたところが、細長い緑道公園になって、線路と車輪のモニュメントが。
その脇にある小さなお店「ポコ」。ここでちょっと早めの夕食を、と久々に中に入る。ジャズが流れ、以前と変わらぬ雰囲気。中年のご夫婦で開いている店。ここでは、ハンバーグとポークソテーをそれぞれ食べた。
ちょっと歩いて、「サンストリート」へ。さて、今日はここまで。連れの万歩計は、1万5千歩を記録していた。大変、お疲れ様でした。では。
ちょっと遅い、昼飯。あれこれ四方山話をして、時間が経った。でも、せっかく真冬の中の、穏やかな日ざし、少し歩いてみるか、となった。
まず、小名木川へ。川沿いには、江東区立中学校の校舎。その中学が廃校になって、別の学校と統合。今は、別の区立小学校の建て替え工事のため、その仮校舎として使われて、体育館もそのまま。
そこから明治通りに出て、ぶらぶら南下して開進橋。かつて、大きな貨物駅だったJR貨物・小名木川駅。今、再開発の大工事中。南側には、すでに大きなマンション。北側には、これまた広大な敷地に「アリオ(イトヨ)」を建設中。春先には開店の予定。駐車棟も大きいようで、もうすっかり外観は、完成。
構内には何本もの線路があって、水陸両用の貨物駅として盛んだったこの駅も廃止となって、今は、越中島に向かう貨物線一本が、南に下っていくだけ。当時の貨物敷地との境界となっていた辺りも、まるで面影なし。ただ、マンションの南にある小さな公園に、ささやかなモニュメントがありました(線路状に敷石も置かれています)。写真は、その近くで撮ったもの。貨物列車が盛んに行き交っていたころのままなのか、かなり古びた家屋が何棟か。その路地は、昔ながらの道のようです。
明治通りをはさんだ東側には、TVでもよく取り上げられる「砂町銀座」(商店街)が。細い道路両側に商店が軒を並べ、活気のいい声が響く、おおぜいの人でごった返していました。お年寄りの姿、子連れの若い夫婦であふれています。魚や野菜などの生鮮食品屋さんに混じって、服飾関係の店や焼き鳥、おでんなど加工食品のお店も多く、おいしそうな匂いを放っていました。服屋では、「5円」均一などの服も売っていて、びっくり。
けっこう長い商店街で、東側の丸八通りまで続いています。「イトヨ」などのきれいでしゃれた大型店舗には負けないぞ、との心意気をこれからも味わいたいものです。
丸八通りをさらに南へ、葛西橋通りを左折して「ジャスコ」へ。この辺りは南砂。店内をぐるっと回って本屋に入って、電化製品売り場で地デジ対応のテレビの値段を見て(いまだにアナログのテレビなのです)、再び外へ。
「弓道部全国大会出場」という垂れ幕の下がった、都立東高校を横目で見ながら、北上。この辺りは、仙台堀公園となっています。この公園、西にも続いていますが、今回は北に向かいました。所々に、案内の音声サービスが置かれています。冬枯れの今は、木立もすっきりと寒そうに立っています。
釣り堀があったり、投球用の壁(そこには、キャッチャーとバッターの絵が・・・)があったり、小高いコンクリートの滑り台があったり、と工夫があります。が、いかんせん少し日も暮れかかった、冬の午後。あまり人の姿は目立ちません。犬を連れた散歩の人が、ちらほらと通るだけ。ネコとカラスのけんかを横目に見ながら行くと公園もお終い。
小名木川にかかる「塩の道橋」(由来が書かれた標識が見つからなかった)を渡り、対岸に。今度は西に向かい、丸八通りをくぐってしばらく進む。それから北に道を選んで、新大橋通りを横切って、中の橋商店街へ。ここもけっこう賑やかな商店街。まだまだ江東区や墨田区には元気な下町商店街があります。
そのまま北に向かうと、上を首都高(小松川線)が通る竪川にぶつかり、今度は西に向かうことに。右は運河と道路にはさまれた、同じような建て売り住宅が並び、左は住宅公団の建物群。大島6丁目。
もうそろそろくたびれた!お日様もすっかり西に沈んで、やはり冬の夕暮れの気配。甲子園に出場した城東高校まで来ると、亀戸駅まであとわずか。かつて都電の線路が敷かれていたところが、細長い緑道公園になって、線路と車輪のモニュメントが。
その脇にある小さなお店「ポコ」。ここでちょっと早めの夕食を、と久々に中に入る。ジャズが流れ、以前と変わらぬ雰囲気。中年のご夫婦で開いている店。ここでは、ハンバーグとポークソテーをそれぞれ食べた。
ちょっと歩いて、「サンストリート」へ。さて、今日はここまで。連れの万歩計は、1万5千歩を記録していた。大変、お疲れ様でした。では。
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