小幡(群馬県甘楽町)散策の2回目です。庭園の楽山園を出て町の中を散歩してみましたが、道路の幅が広く、江戸時代の武家屋敷が集まっていた地区も大きくて、とても二万石とは思えない城下町です。織田氏ということで、特別な格式が認められていたのでしょう。
遠くに見えるのが楽山園への門です。振り返って撮影。
明和4年(1767年)以前に建築された石垣の一部。「山田家の喰い違い廓」。防衛上、もしくは上級武士と下級武士が出くわさぬように、といわれる。
中小路と武家屋敷。小幡藩の武家屋敷地区を貫く道幅7間(約13m)の中小路。屋敷の白壁や石積みは往時の面影があります。それにしても道幅が広くて驚きました。
松平家(織田家のあとに入った大名)の大奥。大奥といっても2万石の小幡では、奥方と何人かの腰元だけでした。庭園は江戸後期に造られ、静の庭(流れのない池)と言われる大奥にふさわしい落ち着いた感じの庭園です。
武家屋敷の中でも、最も昔の様子を残している勘定奉行高橋家の屋敷と庭園。
庭園。水が引き込まれ、心字の池や蓬莱の滝が残されている。
庭園内にある樹齢400年のムクロジの樹。『患(ワザワイ)を無くす』と伝えられた樹であるので、勘定奉行という役宅に相応しい樹木だったようです。
元来た道を引き返して、雄川堰を観に行きます。
道の駅「甘楽」と道を挟んだ駐車場に駐車。
町の中を歩いていきます。昔の石垣でしょうか、風情があります。
雄川堰の一部。織田家の時代の築造にかかるものです。
桜の樹が植えられていて、春には賑やかそうです。
古くからの街並み。
古民家かふぇ「信州屋」。ソフトクリーム食べたかったのですが、季節がらまだ販売していませんでした。
甘楽「道の駅」の上の方から、北方面を撮影。妙義荒船の山や、うっすらですが浅間山が見えます。本日観たところ以外に、天井画のある小幡八幡宮(天井画は日曜日のみ公開)や織田宗家七代のお墓がある崇福寺などもあるので、今度は日曜日に訪れてみるつもりです。
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