4時30分台だった日の出もいつの間にか5時台になっている
しばらく長雨で歩けていないので、久しぶりの早朝ウォーキングが
新鮮な気持ちになれる
太陽も気持ち南に傾いている
少し前、帰ってくるころは朝日に向かって歩け、、という状態だったが
今は太陽はそこまで高く上がっていない
意識の流れ、、というのが近代小説にはあるのだそうだが
歩きながら様々なことが頭に浮かんだ
それはまるで夢のように脈絡がない
(コロナ)ウィルスはRNAとタンパク質の殻があるだけで
自らは増殖はせず、他生物の細胞を利用して増殖すると聞いているが
ウィルスが死ぬとか生きているというのは、どういうことなんだろう
そもそも生きているとか生物とはどういう定義なんだろうか
生物は「時間の矢」を確かに自覚しているかのような行動をする
彼らは時間の認識をしているのか(そんなはずはあるまい)
生きてると生きていないの区別ってのはなんだろう、、
そんなことを頭に思い浮かべていると、背中越しの太陽が
進行方向に自分の長い影を作った
下半身の部分が異様に伸びている
まるでブラックホールに吸い込まれる場面のようだな!
と、少し前に読んだブラックホール絡みの解説を思い出した
意識は勝手にあちこちと飛んでいく
昨日のチコちゃんの、
「歳をとるとなぜ若者の顔の区別がつかなくなるか」
てのは面白かったな
「外国人の顔の見分けがつかないのと同じ状態になっている」
というのが答えで、脳の記憶する場所が普段接している人は記憶場所の中心部、
あまり会わない人は周辺部にあるので、記憶に直ぐ様連絡できず
ついついそうなっている、、とのこと
老人は若い人と接することが少ないので、、めったに会うことのない外国人の
見分けがつかないのと同じ状態になっているとのこと
確かに、外国人の顔の見分けは難しい
映画で主人公以外の配役の顔の見分けがつかない
(マクベスを見た時、誰が誰だかわからなくて困った)
でも待てよ、女の人の顔の見分けはできる(?)
以前、同居人が、松たか子と松嶋菜々子の二人は似ていて
つい間違えてしまう、、と言っていたのを思い出した
自分はそんなことはない、簡単に見分けられると思っていたが
ある時別の女性が、あの二人は間違えてしまう、、と言ってので
女性同士では見分けがつきにくいのだろうか、、、と
思ってしまった
男は女性を区別する必要性があるので、知らず知らず細かな違いも
認識できているのだろうか、、、
女性は着ている服やアクセサリーに関心はいっても、
男のような関心の持ち方はしないのだろうな、、、、
これらが合っていくるどうかは気にならない
ただ勝手に頭に浮かんだこと
朝の涼しい時間、足音を聞きながら思い浮かべたこと