パンセ(みたいなものを目指して)

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74203円と庶民感覚

2021年02月24日 09時07分12秒 | あれこれ考えること

官僚の山田真貴子氏が総務審議官時代に接待をうけて、その時の食事代が74,203円だったそうだ
そのニュースを聞いたある主婦が、自分たちの何日か分の食事代だ、と皮肉を込めてツイッターに
投稿した

なるほど、1回で7万円以上の食事などは滅多に経験できるものではない
当然のことながら、そして残念なことに、自分で自分のためにこれだけの金額を支払った記憶はない
もしかして接待されたある時に誰かが支払ってくれたことはあったかもしれないが
ここまでの金額は多分無いと思われる

このような高額な接待は、やっかみも含めて庶民感覚からするとどうなのか、、と思えてしまう
これも誰かが言ってたが
「接待の記憶がないというが、めったに無いような高額な食事の接待を受けたなら忘れるはずがない
 仮に忘れていたとするなら、接待した側は怒りを覚えるに違いない」

つまりは常識的には覚えているだろうし「覚えていない」というのは、そう言わざるをえなかったに過ぎない
今回は、何故嘘とか、言い訳をするのか、、、という真面目な問題がテーマではなく、庶民感覚についての思うこと

庶民は生活する上でお金のことにシビアになっている
例えば、スーパーの商品の8円、10円が安いのとか、ポイントが3倍の日とかは、当たり前のように混雑する
ところが金額が大きな話になると、さすがの庶民感覚もお手上げになってしまう
建設工事の何十億の話やら、業務委託の何千万の話になると、とりあえず「高すぎる!」と声を上げてみるものの
生活実感が伴わないので、不平を言っただけになってしまう

庶民は普段自分たちが接する価格帯の話になると、一気にあれこれ言いたくなってしまう
例のアベノマスクの価格について、批判が一気に出たのはその価格が正当なものか?
と疑わしく思えたからだ
これは発注の経過が奇妙で、その部分の方に問題があるとした報道は少しだけ話題になったが
それもいつの間にか忘れさられている
でも庶民感覚から外れた価格とか行為は、生活実感と比較可能なため批判されやすい
最近の議員さんの夜の飲食問題も、庶民の感覚と全く違う行動は
PCR検査を増やすべきか、必要以上に増やすべきではないかと論争のような難しい話
ではないので一気に怒りの対象となってしまった

つまりは、庶民にわかりやすい例は、ことが重要か重要でないかを問わず
わかりやすいために問題となりやすい
でもこうした生活に密着したことから不平を感じるならば
少しでも声を上げるのは良いことだと思う
少なくとも声を上げないで、、それは結局のところ「黙認した」
ということになるよりは、感情的かもしれないが良いことのように思える

庶民がもう少し声を上げるようになったら、国も市も良くなると思ったりする

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