勝負ごとを職業にする人の必須条件は「負けず嫌い」だそうだ
将棋の全タイトルを独占している藤井聡太さんも
小さな時から(小さい頃だからこそ)負けず嫌いで
先日の特番では、指導将棋で幼い藤井少年と戦った谷川浩司さんが
負かすのは可哀想と思い「引き分けに持っていこうか?」
と提案したところ彼は盤上顔を伏せて大泣きしたのだそうだ
また、少し前のタイトル戦では「藤井7冠を泣かした男」
と紹介された棋士がいた
それは小学校3年(だったかな)の試合で、同学年の彼が
藤井少年に勝ち、藤井少年は会場全体に聞こえるほどの
大声で泣いたというエピソードがあったことから来ている
負けず嫌いは多分どの子どもにある
そして負けると泣くという行為をみんなする
負けて泣くというのは強くなるキッカケにもなるので
自分が小学生のサッカーコーチをしていた時
同じようにコーチをしていた大人たちとの共通の望みは
「負けて泣く子を見たい」だった
負けて悔しくて泣けて泣けて仕方ない
そんな姿を見れば大人でも心が揺さぶられる
これは一度経験したことがある(覚えているのはこれだけ)
今は地元の小学校の6年担任になっているサッカー狂いのMが
豊橋まで出かけてトーナメント戦を行った時
点数が忘れたが試合には負けたのだが
試合後彼は座り込んで涙を流していた
そしてその場から動こうとしなかった
負けて悔しいのは一生懸命やったからだと思う
軽い気持ちで臨んだのなら負けてもエヘラエヘラしていられただろうが
懸命に戦ったにも報われなかったという現実は受け入れがたく
ストレートに感情が溢れてしまったのだろう
(こちらもうるっと来そうになった)
一般的に練習より試合が大好きな子どもたちだが
彼らの多くは負けてもあっけらかんとしていることが多かった
試合の反省などは眼中になく、試合の記憶もあっという間に
どこかに行ってしまうことが多かった
だからこそ大人のコーチは「負けて泣く子を見たい」という気持ちになったのだ
負けず嫌いを自認していたのはピクシーことストイコビッチだった
彼は練習中の何にでも勝ちたいという性格で
少し大人げない、、と同僚が口にするほどだったようだ
それに対してストイコビッチは勝負師にはこういう性格が必要!
と開き直っていたそうだ
それにしても、負けて泣いて、それを笑顔で見守られている環境
それが社会のいたるところにあるならば
世の中は少しは良いものになっていく気がする
このところサッカー日本代表はすごく調子がいい
先日のカナダ戦、チュニジア戦は三笘、鎌田、堂安が
いなくてもそれに代わる選手が活躍をして
危なげない勝利を手にしている
ワールドカップの三笘の一ミリ以後、TVメディアは三笘の話題が多い
確かに伝えたくなるような素晴らしいシュートやアシストは
従来の日本人プレーヤーには見られなかったプレイだ
ワールドカップでは少し運のなかった久保も
それに奮起して昨年後半から覚醒し
今季は8試合5得点、MOMを指定席のように手にして
9月のラ・リーガのMVPを手にした
大谷の月間MVPはテレビ業界は大騒ぎするのに
久保と南野(リーグ・アンでMVP)のそれは知る人ぞ知る程度だ
これだけ活躍するとサッカージャーナリズムに湧いてくるのが移籍の話
(期待を込めてYoutubeにもこの話題が多くあがっている)
三笘はバルサとかマンチェスター・シティとかアーセナルとか
有名どころの名前が並んでいるし
久保はレアル・マドリー復帰とかプレミアリーグのリヴァプールとかが
候補にあがっている
だが、彼らがそれらのチームに移籍することが、
サッカー人生の中で良いことかとか目標かといえば、かなり不確かだ
香川がマンチェスター・ユナイテッドに移籍したとき
野球で言えばヤンキーズに移籍したようなものだが
メディアはそのチームブランドに酔って大騒ぎした
そしてそれはサッカー人生の中の成功物語のように捉えた
だがその時が旬の勢いのあるチームは、当然のように選手層も極めて厚い
殆どがワールドカップでも活躍しそうな選手ばかりで
スタメンのファーストチョイスで日本人プレーヤーが選ばれる可能性は
残念ながらまだ低く、香川もその壁を乗り越えることができなかった
誰もが知っているブランド知名度の高いチームに移ることは
無責任な人にとかブランド信仰の人にはわかりやすくて成功物語に
見えるかもしれないが、そのチームに所属するということは
彼らの目標ではないと思われる
正直なところ三笘はブライトンというあまり有名でないチーム
久保は何年ぶりにチャンピオンズリーグに出られることになった
中堅どころのレアル・ソシエダというチームでスタメンを確保して
活躍をしている(各リーグのトップチームだったらどうだろう)
彼らの活躍が、いい選手の多いところで更に機能するか
そもそもそうした機会を手にすることができるか?は
彼らの実力次第というものの、難しい問題だ
自分の所属するチームを選択すること
それは的確な判断力が必要と思われる
ブランド力の高いチームではなく
自分にとってどのチームにいることが最適か?
これを運任せでなく、的確に選べる力が
プロのサッカー選手には必要と思われる
(大谷がまずはエンゼルスを選択したのは
きっと適切だったのだろう)
とはいうものの、噂のレベルでもこうしたチーム名があがるのは
やはり凄いことだ
ボケ防止のこのブログ
気を使うのは冒頭の文章だ
ビートルズの曲も最初が印象的なものが多いし
自分がその作家を読み続けることになったのも
冒頭の文章が気に入ったからというのが多い
(北杜夫の幽霊、ヘッセの郷愁など)
さて話は変わって、今日は思い出話を!
今は全く行けないでいる山に登っていた頃の話
槍ヶ岳に挑戦したときは、一日目は上高地から槍沢ロッジだった
槍沢ロッジはそこからの景色は冴えないが、お風呂があるのはありがたかった
翌日、朝ごはんを普通に食べて歩き始めたが
槍ヶ岳小屋から少し下の殺生ヒュッテが見える辺りに来ると
体調が変になったいることに気づいた
どこかが悪いとか痛いというのではない
自分が感じたのは、全くの電池切れ!エネルギー不足だ
お腹が空いている
この分だと槍ヶ岳山荘までもたない
朝食はしっかり食べたはずなのに、なぜかエネルギー不足は間違いない
自覚したのはこのことだった
そこで考えたのは殺生ヒュッテまで行って
とりあえず餡パンか何かを食べようということ
もう頭の中はそれしか考えていなかった
殺生ヒュッテについたら餡パンを口にした
すると今でも覚えているが不思議なくらい
速やかにエネルギーが補充された感じを覚えた
餡パンの糖分が直ぐに吸収されてエネルギーに変換された
そんな身体の中の変化を実感した
糖分はエネルギーの変わりやすいものだな、、と実感した次第
こんなことがあったものだから翌日の槍ヶ岳小屋の朝食で
耳にした会話は信じられなかった
山ガールという言葉が使われはじめ、中年の女性も山に来るようになった頃で
東京の女性グループが自分の席と少し離れたところにいた
「あれ、もう食べないの?」
「私、朝は食べない人なの」
おせっかいにも会話を聞いていると、そのグループは
槍ヶ岳から北穂まで縦走する計画らしい
信じられない、、体力気力を酷使するあの縦走コースに
体にエネルギーを十分補給しないで挑むなんて、、、
そのグループが問題なく縦走したかどうかは知らない
大したニュースはなかったから問題はなかったのかもしれない
それでも、あのような選択は絶対間違いだ!と今でも思う
今年は北アルプスの登山中のトラブルが多かったとニュースが伝えていた
ありそうな滑落だけでなく、疲労で動けなくなったというパターンも
2.3あったように記憶している
(山を舐めちゃいけないよ!)
ところで自身の山の楽しみ方は、今はYoutubeオンリー
行けるとき、もっと行っとけば良かった!
とつい悔やんでしまう
物事が身につくのは読書、体験すること、そして教えることだそうだ
最上位に教えることがあるが、そうかも知れないと直感的にそう思う
だが実体験も馬鹿にできず、ほとんどの人は自らの社会経験から
その人の個性すら作っていく
公務員は公務員らしく、商売人は商売人らしく、少し話しただけで
その人の属性(職業)も想像がつく
ところで体験したことは印象残っているので
その体験に関わることは文字情報でも目に入る
先日家庭に配布された市の広報誌の中に
昨年、自身が経験した困りごとについて
法律が改正されたと紹介されていた
その困りごととは、敷地からはみ出でている木の枝の伐採のこと
地元では昔は知られていたが、今は知る人も少なくなっている神社がある
年に一度、お祭りのときだけ注目されるお稲荷さんは
周囲の木がに伸び放題になって、鬱蒼としげって地面には光もあまり届かない
そのおかげで苔が見事に生えているが、ちょっと不気味という人もいる
昨年の初夏、この稲荷さんのお隣の家の方とその関係者が
枝が伸び放題になって、家が暗く湿度も高くなって困るので
枝の剪定をしてもいいかと相談に来られた
(この家は空き家になっているが、販売する予定なのでそのままだと条件も悪い)
ところがこうした法律に疎いので、どう対処していいかわからない
人情的にはそうした気持ちはわかるが、枝を切って良いのか
切ったとしてその費用は誰が持つのか、、そうしたことがわからない
幸い(?)この話は急ぐ話ではなく結局のところ保留状態となっている
(いつかは蒸し返す話だが)
この記憶があるので
「隣地からの竹木の枝の切除が可能になりました」
とのタイトルで民法が改正されたことを報じる市の広報誌の記事がすっと目に入った
それによると、民放の改正により一定の条件を満たす場合
越境された側の土地所有者で枝を切り取ることができるようになったとしている
手続きとして、まずは越境した枝は原則として木の所有者に枝を切るように
依頼する必要がある
その中で
1.枝を切るように文書で依頼したが、相当な期間(2週間)経っても切ってくれない場合
2.所有者が誰なのか、どこにいるかがわからない場合
3.急いで切らないと危険な場合
については越境された側の所有者が枝を切ることができるとしている
切除にかかる費用は、基本的には木の所有者に請求することができる
切除した枝の処理 枝の所有権は切り取った方にあり、自由に処分できる
現実に行動していくにはもう少し細かな調整等がありそうだが
広報の記事はおおよそこんな感じだ
つくづく世の中にはいろんな法律が存在すると実感する
その殆どは知らないまま暮らしているが
こうして実体験した出来事に関しては法律も頭に入って
知ったことで得した気持ちにもなれる
この記事に市内の何人が気に留めたか分からないが
少なくともひとりは関心を持った人物がいる
市の広報誌作成メンバーは、少しは報われただろうか?
谷村新司さんが亡くなったとのニュースがあった
74歳、まだ若い(早い!)
同世代だが熱心なファンではなかった
レコード・CDは一枚も持っていない
でも歌は覚えている
「昴」「チャンピオン」「いい日旅立ち」などだ
彼の歌の少し大げさなところがひいてしまう(ファンになれない)理由だが
何かを作ることができるか?
と問われると全くお手上げで、創作する人の真似できない能力を感じたりする
昔から思っていることに「チャンピオン」は
サイモンとガーファンクルの「ボクサー」にインスパイアされて
作ったに違いないというのがある
ボクサーの歌詞はどんな内容かしらないが、勝手にそう思っている
「チャンピオン」はむしろモハメッド・アリにインスパイアされている
との見方も存在したような記憶もあるが、とにかく自分はそう思っていた
話は飛ぶが、もう一つ思い込んでいるものがある
それは財津和夫の「青春の影」はビートルズの「ロング・アンド・ワインディング・ロード」
にインスパイアされて作ったに違いないということ
これは、もろ影響を受けていると感じている人も多いだろう
ところでサイモンとガーファンクルの「ボクサー」が出てきたが
この曲には思っていることがある(思い込みのように)
「ボクサー」は長い曲だ
長いと言っても「ヘイ・ジュード」と同じように
最後の部分をライ・ラ・ライと歌いオーケストラが同じ音形を
繰り返すことで長くなっているのだが
これをビートルズの「ヘイ・ジュード」と比較すると
ビートルズの方は4つの音が通奏低音のように下がって音楽を支配し
その中で「ナーナナ、ナナナッナー」とアドリブが続くが
「ボクサー」の方は少しセンチメンタルぽい味わいを感じる
それはビートルズの方はバッハがベースになっていて
サイモンとガーファンクルの方はマーラーがベースになっていると思えて仕方ない
もしくは、ビートルズはヨーロッパ、サイモンとガーファンクルはアメリカのテイスト
と言って良いかもしれない
日本ではこんな話題で時を過ごすことができるが
突然の死が日常になっているパレスチナとイスラエルのことを思うと
本当になんとかならないのか、、と思わざるをえない
長篠・設楽原の戦いの馬防柵付近のソーラー発電に関しては
先日事業者からの住民説明会が行われた
再生エネルギーの必要性を説き、住民の了解を得た上で実施したい!
と約2時間に渡って丁寧な対応が見られた
この事業者の姿勢と比べて(悪い方に)際立つのが
新城市の南部工業地帯にある産業廃棄物中間処理施設企業だ
(T興業)
計画発表時からこの企業の進出には反対意見が多かった
この事業者は他の地区の評判も好ましくなく
(悪臭とか不法投棄、一部行政指導などをうけたなど)
その上、製造業と物流業に限定された工業団地に
そのいずれかでもない産業廃棄物中間処理企業が
進出した事自体が違和感を持たれることになった
この県所有の工業団地への進出はとても不自然な流れがあった
この工業団地の土地は元々、一年と少しで倒産した企業のもので
県の競売にかけられたのだった
だが、製造業と物流業に限定された制限は有効なはずと思っていたところ
(条件に合わない場合は、県が購入価格と同じ金額で買い戻す契約が生きている)
この買戻特約は知らないうちに破棄されていた
買戻特約の破棄された経過は腑に落ちないとする人が多いが
話を聞けば確かに不思議だと思う
この中間処理施設は普通なら申請してから1年ほどで県は
操業許可を出すところだったが、地元住民の反対運動の声も大きく
そのせいで(?)長いこと操業の認可は下りなかった
ソーラー発電所と同じように事業申請書類が出されると
書類に不備がない限り申請は許可されるのが一般的なようだ
結局、県は操業許可を下し、地元住民が心配した悪臭は
いつもではないが時折実感する羽目になった
悪臭防止法における臭気指数は1号基準、2号基準を超える場合が
数回計測されることとなった
(悪臭の被害については市で対処できる事になっている)
これが確認された時、地元の住民は当該企業に住民説明会を開催するように求め
市も要請しているようだ
ところが、それは今まで一度も開催されていない
開催されない理由は漠然としたものだ
少なくとも企業として誠実なのはソーラー発電の方か
中間処理施設の方かを比べると、圧倒的にソーラー発電の方に軍配が上がる
こんなことは比べても意味はないが
如何に運の悪い成り行きになってしまったのか
と実感せざるをえない
布施明が歌いレコード大賞を受賞した「シクラメンのかほり」は
小椋佳の作詞・作曲で、自らも歌っている動画がある
だが聞いていると布施明の歌との違いに気がつく
一番の歌詞では
真綿色したシクラメンほど 清しいものはない
出逢いの時の 君のようです
ためらいがちにかけた言葉に
驚いたように 振り向く君に
季節が頬を染めて
過ぎてゆきました
赤い部分のメロディが小椋佳の歌では音程が下がって
布施明の歌とは違う
聞き慣れている分だけ布施明の歌のほうが良いように思えるが
作曲者としての小椋佳は布施明が違うメロディで歌うことを
どう思ったのだろう
森進一の「おふくろさん」では作詞家の川内康範氏が
森進一が余分なセリフを挟んだことに腹を立て
歌うことを禁止にした騒ぎがあったが
小椋佳はそんなに騒ぎ立てずにいる
彼は布施明のメロディ選択も一理あると考えて
大目に見ているのだろうか
同じ交響曲でも版がいくつもある作曲家がブルックナー
実演で5回体験し、レコードもCDも数枚所蔵しているのが8番の交響曲で
特に第3楽章はこの上なく好きだ
この楽章は(この楽章だけではないが)布施明と小椋佳のように音楽が違う
それは作曲家自身が手直ししたところと
弟子が変えてしまったところがあるようだが
クライマックス(ファンファーレ)直前の音楽の数小節が
有りや無しやの是非が問題となる
元々はクライマックの直前は、突然無関係な音楽が始まったかのように
エネルギーを貯めるような音楽が数秒続くが
別の版では晴れ晴れしいファンファーレに一気に移動する
ここで好き嫌いの話になるが、個人的にはモタモタした感じの残る
数小節多い方の音楽のほうが好きだ
数年前、名古屋でブルックナーの8番をウィーンフィルとベルリン・フィルで聞いた時
ティーレマン指揮のウィーンフィルでは数小節があるほう
メータ指揮のベルリン・フィルのほうはそれがなくて一気にファンファーレにいったが
それも悪くはなかったが、やはりあったほうが不器用なブルックナーらしい気がした
ということで、同じ音楽でもいろいろ違うということ
念のために小椋佳の歌うシクラメンのかほりは、こんな感じ
シクラメンのかほり 小椋佳
気が滅入るニュースが続いている
イスラエルとパレスチナ自治区のハマスとの戦いは死者の数も劇的に増えている
双方とも相手に関する感情は憎しみしかないかもしれない
「報復」それだけが感情の行き場のようになっている
建築物も破壊され、復興するにはどれだけの時間を要するだろう
テレビでこのニュースが報じられるたびにチャンネルを変えたり
電源を切ったりする
長年の憎しみのリレーは解決法が無いような気にさえなってくる
不意に、こんな時だからこそ本棚に並ぶ上下の本が目に入った
それは「ユダヤ人」マックス・I・ディモント著
情けないことに一度読んだがほとんど覚えていない
切実感や実際のトラブルを感じていないからと思われる
日本人は多分「ドレフェス事件」も「シオン賢者の議定書」にも疎い
日本人は西欧の価値観で生きている様に見えても
ユダヤ人の対する共通理解等に大きな違いがある
(日本人はユダヤ人に対する感覚はないかもしれないが
韓国人には特別な感情があるかもしれない)
それでも多くの人が亡くなってる現実は心が痛む
戦争は戦い争うと書くが、憎しみの連鎖を生むだけの馬鹿げた行為
この遠くの国の悲惨な事件が、日本の田舎の個人の気持ちまで乱してしまう
なんとか「正気に戻って」解決法を模索してほしいと切に思う
カナダとの試合、前回は日本の敗北
昨日の試合は4−1で日本の勝利
だが、点差ほどの差はなかった
PKが決まっていればややこしい試合になっていたと思われる
特に目立ったのはカナダの19番、バイエルンミュンヘンで活躍している選手
体格が良くて、しなやかで柔らかく、ボールの持ち方も懐が深い感じ
ここぞの一歩もスッと出て、PKになったシーンもキーパーとしては
予想外の速さだったのだろう
得点は4点も入ったのだが、印象的だったのは
3点目の浅野のパスから中村敬斗が得点したシーン
実はこれと全く同じようなシーンが一月前の
ドイツが望んだドイツ国内でのリベンジマッチでもあった
それはドイツ戦の後半、久保がドイツ選手にプレスをかけて
ドイツ選手の身体から少し大きく出たボールをかっさらい
そこから顔を上げてチームの仲間の様子を見ながら独走し
キーパーと1対1の状況で隣を走った浅野に誰でも入るパスを出したシーンだ
昨日の浅野は久保がやったプレーとそっくりだった
相手側の選手の少し大きく離れたボールをかっさらい
俊足を活かしてゴールに向かう
そしてストライカーならシュートしたいところだが
そうはせずにより条件の良い中村にパス
それを中村がきっちり入れた
ここでフト思ったことは
浅野はドイツ戦の久保からのパスのシーンがなかったら
昨日は中村にパスしただろうか?という点
選手は試合に集中しているから時間は時にはとても濃密に感じられる
ドイツ戦の浅野はその出来事の時間経過はとてもゆっくり過ぎていくように
感じたのではないだろうか
そしてそれは記憶としてきっちりと刻まれた
その記憶が昨日不意に頭に浮かび中村へのパスとなったのではないか
と想像してしまった
経験とか記憶というのは、こうして活かされることもあり
その存在はとても重要だと思われる
経験と記憶が個人のものとして刻まれるだけでなく
チーム全体として残されていくことが今後も大事だと思われる
でも、昨日の浅野のプレーをドイツ戦の久保と同じと感じた人は
日本にどのくらいいるのだろうか
理屈がそれなりに筋が通っていれば信ずべきものとして扱われるが
実社会では通用しないものとされるのが「トリクルダウン」の概念
富裕層や資本に対する税率を下げると
富裕層はより多く貯蓄し、より多くのビジネスを生み出し
それが残りの人々にも利益をもたらすというのが「トリクルダウン」の考え方で
日本では理屈の上だけの解釈で、それが真実とか現実的なものと思われていた
これが正しいかどうかを評価するのは経験的データとなるが
どうもデータはこの理論を裏付けていないらしい
トリクルダウンは実際には実現されていないと「21世紀の資本」の中で
ピケティも宣言しているが、最近読んだ「不安に打ち克つ思考」のなかで
経済学者のズックマンも同じように述べている
うまく機能しない理由の一つは、私利私欲によって政治が一部コントロール
されているからで、富の集中と言う現象は、富裕層が政治に与える影響力の
増大とともに存在してきた としている
どんなに良い方法を考えついたとしても、厄介なのが人間の持つ私利私欲で
「国家はなぜ衰退するのか」という本では、(国民が)富む富まないは
少数者の収奪という実態がありや無しやで決まると結論づけている
「ショック・ドクトリン」でもドサクサに紛れて新自由主義者たちが
公的な施設や機能を一気に民主化して改革を進めたが
ここでも残酷なほど一部の有力な人物・組織に委ねられ
それは少数者の収奪という言葉で説明されるようになっているとしている
そこで思うのだがトリクルダウンの概念は一見筋が通っていそうなので
経営者にとっては使いやすい概念で、生活者としての庶民は
実感も含めて信じられるものではないと考える
ところが、日本では(これは思い込みかもしれないが)トリクルダウンは
依然として存在感を持った概念として生き延びているように思える
それは庶民も経営者と同じように考えるからだと思われる
時々「従業員も(庶民も)経営者の視点で考えるように!」
との考えを目にしたり耳にしたりするが
時々「本当にそうすべきなのだろうか?」
と思うことがある
ここで経営者を自分自身のことと考えれば
自分を雇う経営者と対立し、それぞれの利益は相反する
相反する利益の妥協点を探すのが、それぞれの役割と思うが
少なくとも日本では庶民のこうした力はものすごく弱い気がする
結局は上から言われたことをするだけに収まっているように思えて仕方ない
でも、もしかしたら、庶民も少し変わるかもしれないと思えたのが
埼玉県の「虐待禁止条例」に対する庶民の行動力だ
この条例は例えば「子供だけでの留守番などを放置による虐待と定める」
などの現実離れした条例で、共稼ぎ夫婦や子を持つ人からは猛烈な反対意見がでて
(委員会では採決されたが)本会議では賛成多数で議決されないようにと
署名活動やデモ等の運動が行われ、その結果条例案を提出した自民党が
取り下げることになった
この取り下げまでできたのは庶民の行動力で、これが成功体験となり
庶民も何かを変えることができると自信を持てば
お上とか誰かに任せっぱなしの政治(制度)も変えることができるような気もする