安倍所信表明の拉致発言から見る合理的判断能力と言葉の信用性の両欠如関係

2013-01-29 12:00:01 | Weblog

 そもそもからして、最初の発言からウソがある。

 安倍晋三「まず、アルジェリアで発生したテロ事件について、一言、申し上げます。

 事件発生以来、政府としては、総力を挙げて情報収集と人命救出に取り組んでまいりました」――

 先ず情報収集。事件当初に関しては日本政府が主体的に取り組んだ直接的情報収集ではない。イギリスやフランス、アメリカ等が手に入れていた情報を聞き取った間接情報でしかない。

 アルジェリアの日本大使館には駐在武官を置いていなかったために駐在武官とアルジェリア政府の治安当局やアルジェリア軍と直接のパイプを築いて関係機関内部に情報源を持つといったことはできなかったはずで、近接からの直接的情報収集は不可能だったはずだ。

 その証拠が日本時間1月18日午前4時50分頃、国営アルジェリア通信が救出作戦終了と報道から1日以上経過した1月19日夜、アルジェリア政府から外交ルートで「5人死亡」の情報が氏名と共に伝達されながら、2日間伏せたことに現れている。

 「時事ドットコム」記事によると、日本政府は事実の確認作業を行い、アルジェリア政府伝達の1月18日午前4時50分頃から3日以上経った1月21日深夜に「7人死亡」、1月23日深夜にさらに「2人死亡」をそれぞれ公表している。

 戦闘作戦が終了後の人質の犠牲者や武装勢力メンバー死者、病院搬送必要者の確認作業が可能となった時点での治安部隊関係者か政府関係者か、いずれかによる「5人死亡」が判明したという途中経過情報なのである。

 こういった経緯を読むことができたなら、「アルジェリア政府から5人の死亡が判明したと伝えられた」という表現で公表すべきを、読むことができずにいたずらに情報確認とやらに時間を費やした。

 どこが「総力を挙げて情報収集」に「取り組んでまいりました」と言えるのだろうか。

 「人命救出」に関しても同じである。日本政府は武装勢力に対して直接交渉当事国ではない。直接当事国であるアルジェリア政府の対応に「人命救出」にしても、人命優先にしても預けるしかなかった。

 だが、アルジェリア政府の「テロリストとは交渉せず」の姿勢によって、人命優先は後回しにされた。

 物理的人命救出に関して言うと、アルジェリア政府は主目的としていなかったし、日本政府は直接的には一切タッチすることができなかったというのが現実の姿である。

 日本政府にできたことはアルジェリアのセラル首相に電話して人命優先を要望するぐらいのことしかなかった。そしてその要望も制圧優先の姿勢によって無視されたのである。

 日本政府には如何ともし難いこういった状況が厳然と存在していながら、「総力を挙げて」「人命救出に取り組んでまいりました」と、さも主体的に人命救出に取り組んだかのように言う。

 人命救出、あるいは人命優先に効果ある具体的且つ直接的な行動は何もしなかったのに何かしたかのように言うのは詭弁そのもの、ゴマ化しそのものであって、言葉にどのような信用も置くことができない。

 以下、所信表明で何を喋ろうとも、「国家国民のために再び我が身を捧げんとする私の決意の源は、深き憂国の念にあります」と言おうと、所信の冒頭早々に自ら一旦傷つけた言葉の信用を回復できるわけではない。

 情報を的確に読むことができるかどうかは偏に合理的判断能力にかかっている。いくら沢山の情報を収集したとしても、情報を的確に読む合理的判断能力を欠いていたなら、情報から汲み取ってつくり出す“事実”は合理的判断能力を欠いまま構成することになるがゆえに必要とされる行動を生み出すことは先ずできない。

 言葉の信用にしても、合理的判断能力が影響する。それが責任逃れの言葉であっても、責任逃れして露見した場合の信用失墜を考えるだけの合理的判断能力を備えていたなら、下手に責任逃れはできなくなる。

 要するに安倍首相が所信表明の冒頭早々に平気でウソをついて言葉の信用を失墜してしまうのは合理的判断能力を欠いているからに他ならない。

 ここでは拉致に関する発言を取り上げて、安倍晋三なる政治家が如何に合理的判断能力欠いているか、提示してみる。当然、発言は言葉の信用性をも欠いていることになる。

 拉致に関する発言は「終わり」の発言の前で述べている。

 安倍晋三「そして何よりも、拉致問題の解決です。全ての拉致被害者の御家族が御自身の手で肉親を抱きしめる日が訪れるまで、私の使命は終わりません。北朝鮮に『対話と圧力』の方針を貫き、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しの三点に向けて、全力を尽くします」――

 言葉の勢い自体は力強いが、「対話と圧力」の方針は10年間、何ら変わらない。10年1日の如しである。10年間掲げて効果がない「対話と圧力」を今以て持ち出す合理的判断能力は素晴らしい。

 「全ての拉致被害者の御家族が御自身の手で肉親を抱きしめる日が訪れるまで、私の使命は終わりません」にしても、繰返し繰返し言っている約束だが、今以てそれを果たすことができずに延びのびとなっていることを何ら顧みずに臆面もなく何度も持ち出すことができる神経は合理的判断能力を備えた人間にはできない芸当のはずだ。

 拉致解決の3条件を掲げている。

1.全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国
2.拉致に関する真相究明
3.拉致実行犯の引渡し

 この3条件は第1次安倍内閣時代から掲げているものである。

 3条件一括の要求によって拉致が解決できると考えていること自体が安倍晋三の合理的判断能力の程度を教えている。

 拉致の首謀者は金正日である。ここに父親の金日成が一枚噛んでいたかどうかは不明だが、金正日であることはかなりの証拠が挙がっている。

 私自身は金正日自身が日本の戦争賠償と経済援助を北朝鮮の壊滅的な経済回復に喉から手が出る程に何よりも欲しているはずでありながら、日本政府の「拉致解決なくして日朝国交正常化なし」に対して「拉致は解決済み」の態度で処理、結果的に日本の戦争賠償と経済援助をフイにすることで自身が北朝鮮の救世主足り得る機会までフイにした状況証拠から、金正日自身を拉致首謀者だと見ていた。(2007年6月8日当ブログ記事――《安倍首相の脱北者対応に見るお粗末な政治創造性 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》

 日本の警察当局の調査で、北朝鮮の金正日総書記直属工作機関「対外情報調査部」(現35号室)の幹部2人が実行犯に拉致を指示した疑いがあることが判明したとして、2008年03月11日の「asahi.com」記事が、《地村・蓮池さん拉致工作、2幹部浮上 総書記の直属》と題して伝えている。

 記事は書いている。〈一連の拉致事件で金総書記と直接接点のある政府幹部の関与疑惑が浮上したのは初めてで、立件に向けた詰めの捜査を進めている。日本側が「拉致問題の進展」を求めている日朝国交正常化交渉にも大きな影響を及ぼしそうだ。 〉――

 同じ「asahi.com」が翌年の2009年11月2日付で、《拉致工作機関、金総書記が直接指揮 日本政府調査で判明》と題した記事を発信している。

 〈北朝鮮による日本人拉致事件を計画・実行した朝鮮労働党対外情報調査部(現35号室)が、金正日・朝鮮労働党書記(現在は総書記)から直接指揮を受ける形で活動していたことが、日本政府の関係当局の調べで明らかになった。金総書記からの指示を受ける際には「伝達式」が行われていた。日本政府内では、金総書記が日本人拉致を指示したか、少なくとも知りうる立場にあったとの見方が強まっている。 〉と記事冒頭で書いている。

 既に政権は自民党から民主党に移っていたが、安倍晋三も知り得た情報でなければならないし、記事発信から少し遡った時点で、実際に知り得た情報として発言している。

 《安倍元首相が拉致問題で講演》YOMIURI ONLINE/2009年7月27日)

 安倍晋三「富山県に5人いると聞いている。国認定の(拉致)被害者以外にも、実際に拉致されている人はたくさんいると思う。警察は決定的な証拠を持っている人を認定している。万が一間違うと、北朝鮮に日本が言っていることはウソばかりだと非難にさらされる危険性がある。

 特定失踪者の中にも多くの方々が実際に拉致されているんだろうなと思う。

 (金正日総書記の健康不安と後継者問題について触れ)(拉致)作戦の責任者だったから、完全解決は難しいかも知れないが、(政権が)代わるかもしれないとなれば、最大のチャンスだ」――

 金正日を「(拉致)作戦の責任者」だとする認識に立って、拉致解決の「最大のチャンス」として政権交代に期待した。

 この認識自体に一片の合理性もない。金正日が死亡したのは この安倍発言から約2年3カ月後の2011年12月17日であるが、金正日の子どもの誰が継ぐか、既に父子継承が囁かれていた。

 だが、父子継承された場合の拉致解決の一層の困難可能性についての認識は一切ないばかりか、実際に父子継承した金正恩に対して、2012年8月30日、フジテレビ「知りたがり」に出演した安倍晋三は期待発言をここでも行なっている。(一度ブログに使用)

 安倍晋三「ご両親が自身の手でめぐみさんを抱きしめるまで、私達の使命は終わらない。だが、10年経ってしまった。その使命を果たしていないというのは、申し訳ないと思う。

 (拉致解決対策として)金正恩氏にリーダーが代わりましたね。ですから、一つの可能性は生まれてきたと思います」

 伊藤利尋メインキャスター「体制が変わった。やはり圧力というのがキーワードになるでしょうか」

 安倍晋三「金正恩氏はですね、金正日と何が違うか。それは5人生存、8人死亡と、こういう判断ですね、こういう判断をしたのは金正日ですが、金正恩氏の判断ではないですね。

 あれは間違いです、ウソをついていましたと言っても、その判断をしたのは本人ではない。あるいは拉致作戦には金正恩氏は関わっていませんでした。

 しかしそうは言っても、お父さんがやっていたことを否定しなければいけない。普通であればですね、(日朝が)普通に対話していたって、これは(父親の拉致犯罪を)否定しない。

 ですから、今の現状を守ることはできません。こうやって日本が要求している拉致の問題について答を出さなければ、あなたの政権、あなたの国は崩壊しますよ。

 そこで思い切って大きな決断をしようという方向に促していく必要がありますね。そのためにはやっぱり圧力しかないんですね」――

 拉致作戦に関わったのは父親の金正日だが、息子の金正恩ではない。だが、金正恩が拉致を認めるには父親の金正日を否定しなければならない――とまで認識していながら、圧力をかければ、父親の金正日を否定することになる金正日首謀の拉致を認めるだろうと発言を展開している。

 金正恩の父子権力継承の正統性は金日成に発して金正日を介し、金正恩に伝わった血にあるのであり、その血とは正義と偉大さを象徴している。

 自分が信仰して止まない日本の天皇制にしても、その地位の継承は偉大さを象徴する男系の血を根拠としていながら、北朝鮮の父子権力継承に関しては当てはめて考えることさえできない認識能力となっている。

 金正恩の権力継承の正統性がより近くは父親の金正日の正義と偉大さ、その血に置いていることを前提に判断すると、その否定が拉致問題を介して生じた場合、金正日の権力の正統性そのものを否定することになって、金正恩の権力継承の正統性に疑義の形を伴って跳ね返ってくる。

 単に拉致は金正恩が行なったことではないから、父親を否定することになるが、認めれば済むといった問題ではない。

 だが、安倍晋三はその程度のことだと考えている。
 
 当然、北朝鮮に対する拉致解決の要求3条件にしても、金正日共々金正恩の存在否定となる条件に早変わりしない保証はないということになる。

 第1番の「全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国」は、帰国者の誰か一人でも、拉致は金正日の首謀のもと行われたとする真相を知っていた場合、帰国後の発言からその真相が洩れない確証はなく、洩れた場合、金正恩は父子権力継承の正統性を失う危険性に曝されかねない。

 そのような危険を犯すだろうか。

 逆に言うと、帰国をさせない拉致被害者の中には金正日が拉致首謀者だと知り得る立場にいた可能性があるからこそ、帰さないという可能性も疑うことができる。

 2番めの「拉致に関する真相究明」は父親の金正日の直接の命令を隠す形で真相究明を行なうことにすれば、決して不可能ではないが、首謀者に仕立てられた人間、その近親者が当座ではなくても、何十年か後に事実を証言した場合、金正日にしても金正恩にしても、英雄の皮が剥がされ、犯罪者になり下がりかねない危険性を負うことになって、簡単には真相究明はできまい。

 第3番の「拉致実行犯の引渡し」にしても、その家族を口封じの人質にしたとしても、引き渡し後の実行犯の口から、主犯ではないとすることによって罪を軽くする意図から、金正日の命令で行ったのだとの証言が万が一にも飛び出さない永遠の確証を果たして金正恩は持ち得るだろうか。

 家族が捕らえられるのを承知で脱北する北朝鮮人も存在する。

 だからと言って、秘密を何ら知り得ない人物を実行犯に仕立てることはできないはずだ。日本の警察の取調べを受けた場合、満足な自白もできなくなる。カネか何かで吹きこまれただけの計画と実行のみでは想定した尋問には耐え得るが、想定していなかった尋問にはどこかで矛盾が生じる。

 とすれば、金正日に纏わせた英雄の彩りを守り、金正恩の権力継承の正統性を揺るぎなく守る最大の保証は秘密を知り得ると疑うことのできる拉致被害者と実行犯を手元に置くことであろう。

 にも関わらず、第1次安倍内閣時代から同じ拉致解決の要求3条件を掲げているということは情報から汲み取ってつくり出す“事実”がこの程度の内容だということであり、その変わり映えもしない認識能力は如何ともし難い。

 合理的判断能力が影響する言葉の信用性という観点からすると、このような低劣な認識能力の所有者であるなら、所信表明でいくら立派なことを力強い言葉で言ったとしても、信用できない言葉の羅列と化す。

 参考までに――

 2012年9月1日当ブログ記事――《安倍晋三と橋下大阪市長の意外と公式的な拉致解決論 拉致解決はどうしたらいいのか - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》

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