安倍晋三は、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」〉(辻元清美の質問主意書に対する2007年3月16日第1次安倍内閣政府答弁書)ことを以って日本軍による従軍慰安婦強制連行否定の根拠としている。
政府未発見の資料中の記述の可能性も各国様々な元従軍慰安婦の強制連行の証言も一切認めない。自身の根拠のみで強制連行の事実はなかったとしている。
特定できる病原菌が発見できないからと言って、発生している病気を否定するような詐術に他ならない。
あるいは政府発見の資料中に病原菌を特定したとする記述がないからと言って、現実に存在している病気を無視するうような詐術に見える。
ご存知のように安倍晋三は元従軍慰安婦の証言が数多くあるにも関わらず、日本軍による従軍慰安婦強制連行に代わって売春業者による“人身売買説”を打ち立てている。
2015年3月27日ワシントン・ポスト紙のインタビューでも、今回の訪米中の4月27日午前(日本時間4月27日夜)、米ボストン郊外のハーバード大ケネディスクールで講演後の学生から質問にも、人身売買(ヒューマン・トラフィッキング)だと答えている。
なぜ証言を認めないのか。
先ず最初に日本軍による従軍慰安婦の強制連行を認めたくない意志があり、その意志に従って証言を認めまいとする次なる意志を存在させているからだろう。
証言も事実の一つである。その多くが日本軍の兵士が数人やってきて、未成年を含む若い現地人女性を力づくで、人目を避ける必要上からだろう、幌付きの軍トラックに乗せて連れ去り、軍慰安所に監禁状態で閉じ込めて、軍人相手の売春に強制的に従事させるという同じパターンを踏んでいることも、それを限りなく事実として浮かび上がらせることになるが、安倍晋三は決して認めない。
裁判で犯行現場の目撃証言が、それも複数の目撃証言がありながら、物的証拠がないことの一つを以って無罪とする裁判官の正義を安倍晋三も自身の歴史の正義として行っている。
問題はその正義が数々の証言よりも力を持っているということである。それゆえにその正義は世間に広く流布することになっている。
証言が少しでも多くの人に伝わり、少しでも力を持つよう、『折られた花』(副題〈日本軍「慰安婦」とされたオランダ人女性たちの声〉)(マルゲリート・ハーマー著・新教出版社) から一度当ブログに取り上げているが、その中からまだ利用していない一つの証言をここに記してみる。
日本軍占領下のインドネシアで民間人収容所に入れられた未成年のオランダ人女性エルナが生贄の対象である。
〈強制売春のための選抜
1994年のある日のこと、抑留所の上の人から、17歳から28歳までの未婚女性は整列するようにと命令が出た。〉――
要するに物欲しげなジロジロした目で衣服の上からその裸を想像する品定めが行われた。そして結局エルナを含む10人が選抜された。
〈これから煙草製造会社で働くんだ、食事もぐっと良くなると言われたが、誰ひとりとして信用していなかった。抑留所のリーダーたちがや母親たちが、娘たちを連れて行かないでくれと懇願しても、日本兵たちは力づくで引っ張っていった。人だかりができると、彼らは銃で威嚇しはじめた。少女たちはトラックでスマランへ連れて行かれた。〉――
彼女たちが押し込められた建物には選抜された10人よりも多い少女や若い女性が既にいた。日本人の将校が全部日本語で書いた書類に署名するように求め、拒むと力づくで署名させた。
〈その書類には「自由意志でやります」ということが書いてあったらしいと後で分かった。〉――
その後、少数のグループに分けられてスマランにある売春宿に連れて行かれた。
不安と緊張で一睡もできない一夜が明けたあと、大部屋に連れて行かれて、日本人の医者の検査を受けることになった。
〈ズボンを脱がされ、机の上に寝かされた。抵抗してみたものの、二人の日本人にしっかりと抑えられてどうにもならなかった。医者は彼女を下の方から調べはじめた。エルナは泣きわめき、蹴ったり噛みついたりして自分を何とか振り解こうとしてみたが、彼らは彼女をしっかりと押さえつけ、医者は検査を続けた。〉――
エルナは屈辱感で涙を流したが、日本軍はそんなことはお構いなしにだったのだろう、別の大部屋に連れて行った。そこには「検査済み」の少女たちがエルナと同じように涙を流していた。
ママさんという世話役の日本人女性が、要するに今後の心得を伝えにやってきた。吉原の遣り手婆あの役目に当たる。
〈「あんたたちのところには明日から兵隊さんたちが大勢やってくるの。兵隊さんたちにご奉仕して、喜ばせて優しくしてあげるのよ」
その「優しく」が何を意味するのかは、程なくして明らかになった。
ママさんは彼女たちに、兵士の相手が済んだら、ある洗剤を器具で体内に注入して身体をきれいに洗うよう指示した。日本人は性病感染の危険性をとても恐れているので予め検査が必要だったとママさんは説明した。そして兵士にはコンドームの使用が予め義務づけられているが、彼女たちは用心のために自分で身体を徹底的に洗浄するようにというのだった。彼女は一人ひとり日本名をつけられ、その名前がそれぞれの部屋のドアに書かれた。〉――
彼女たちは一人残らず性体験がなく、ママさんの説明が理解できなかったと書いてあるが、理解できなかったことは日本兵の相手をされられ、その後ママさんにうるさく指示通りの後始末をしたのかと世話を焼かれる内に理解できなかった最初の指示を否応もなしに理解していくことになり、否応もなしに強く頭に焼き付けていくことになったのだろう。
明日から兵隊さんたちの相手をすると言われていたが、その夕方、特別の「お客」がやってきた。日本人将校である。
要するに花柳界で言うところの水揚げ(初めて客と肉体関係を結ぶこと)というわけである。日本人は処女を最初に取ることに非常に高い価値を置いている。
エルナは抵抗した。
〈最後には将校がエルナを押さえつけ、サーベルをちらつかせて威嚇し、彼女の顔をさんざんひっぱたたいてこの一騎打ちは終わった。彼はエルナの着物を剥ぎ取り、彼女をベッドの上に放り上げ、むりやり処女を奪った。他の少女たちも将校が「お客」だったことがあとでわかった。その晩彼女たちを検診した医者と売春宿の経営者までが彼女たちを犯した。将校たちは処女を犯す特権をふるったのだ。〉――
さすがに軍隊という組織だけあって、上下関係に則って姦す権利も将校からと決めていた。
翌日から兵士たちが何人もやってきて、エルナは1日に何人もの兵士の相手をさせられることになった。
〈来る日も来る日も確実に20人くらいの兵士たちに犯された。〉――
この売春宿は強制連行された少女たちの母親が日本軍高級将校に連絡する機会を得て、約2カ月後閉鎖されることになった。
だが、帰された少女たちには日本軍兵士の売春婦だったとかオモチャだったという烙印が待ち構えていた。
これが天皇の軍隊である大日本帝国軍隊将校とその兵士たちの従軍慰安婦強制連行と強制監禁、強制売春に関わる姿だった。
同じパターンの証言が数多く存在する。このような証言を行っている元従軍慰安婦たちを正義と見るのか、政府発見資料に軍や官憲による強制連行を直接示すような記述がないことを以って強制連行を否定する安倍晋三を正義と見るのか。