◆想定外に備えたダメージコントロール態勢が急務
今週までに浜岡原発の四号機、五号機が停止に至ったようです。国会ではいかなる法的根拠に基づき原子炉を停止させるよう首相が指示したのか、という論争がありました。
政府による中部電力浜岡原発停止に伴う補償と救済について、書きたい事は多いのですが、これは置いておいて、本日掲載するのは、原発の電源喪失事案への対応の必要性、という話題です。原子炉が停止して電源喪失となる場合、これは津波対策や地震対策に関わらず、考えておく必要はあるのではないか、と。東京電力によれば東北地方太平洋沖地震に際して、福島第一原発の原子炉は津波による電源喪失から16時間程度で燃料棒の冷却水が枯渇し、加熱した燃料棒の溶解、メルトダウンが始まっていたと、・・・事故から二カ月になってようやく発表しました。冷却水が無くなれば熱によって燃料棒が解けるのは当たり前にも思うのですが、同時に溶解した燃料棒が炉心下部に集まり、炉心が破壊されているのではないか、注水しても冷却水が充填されない背景にはこうした問題があるのではないか、という一点が現在の懸案なのですが、結局のところ、想定外の津波に対して電源喪失が生じた事で炉心溶解までの時間的余裕は少なかった、ということですね。
この点、地震災害に備えて陸上自衛隊に方面隊規模で電源車を原発に急速展開できる体制を構築する必要があるのでは、という意見を今回提示します。即ち、自衛隊により電力会社が対応できないような電源喪失事態への対処準備が必要、という論点。浜岡原発等では停止中であるので東海地震による津波が来ても大丈夫という声があるかもしれませんが、冷温停止中の原発であっても燃料棒が熱を持っている状態で冷却機能が停止すれば、福島第一原発においても停止中であった原子炉でも水素爆発が発生していますし、使用済燃料棒でも福島第一原発では冷却機能喪失が深刻な事態に繋がる事を示してくれました。また、東海地震に備え停止している浜岡原発以外の原子力発電所についても危険はある訳でして、相応の対策を講じる必要はあると考えます。その相応の対策、というのが電源喪失事態に際して迅速に自衛隊が電源車を展開できるようにするべきだ、との意見。どんな道路状況であっても電源車をヘリで空輸すれば、最小限の時間で到達できるという考え。
政府が考えるような万全の津波対策を行っても防波堤が地震で破壊されない保証はどこにあるのか、必要なのは想定外に際してのダメージコントロールではないか、つまりダメージを拡大しないようにコントロールする、電気が無くなるという想定で電源車を展開できるようにするべきという考え。仮に津波対策を行えば電源喪失は回避できる、という考えは少々短慮と言わざるを得ないかもしれません。今回の地震による電源喪失は、津波により補助発電装置が冠水し機能不随に陥った事なのですが、浜岡原発の原子炉停止首相要請は、想定される最大限の津波対策が完了するまでは原子炉の停止を要請する、というものでした。これは言い換えれば、津波対策を行えば補助発電装置が機能喪失することは無いので、福島第一原発のような事態は発生し得ない、という考えに基づくのでしょう。 しかしながら、一点、忘れていけない事があります、補助発電装置は果たして津波以外では破壊され得ないのでしょうか、過去には補助発電装置のみが地震で破壊された事例もあるのです。そして地震単体ではなく、津波、それに伴う送電設備破壊や道路の寸断が複合的にしかも突如として同時多発で発生するのが震災です。
新潟中越地震における柏崎刈羽原発の補助電力装置火災事案を思い出してみましょう、新潟中越地震では世界最大の原子力発電所として哨戒される東京電力柏崎刈羽原発のディーゼル発電機より発火する事故がありました。当時は世界最大の原発から黒煙が上がっている様子が海外の報道などで大きく取り扱われ、ついに漏えいか、と騒がれました。原子炉建屋の耐震強度は1000ガル対応のものがあり、800ガル対応と設定されていた東北電力女川原発の原子炉は今回の東北地方太平洋沖地震において最大2000ガルの揺れを記録していたとのことです、想定2.5倍の揺れに原子炉建屋は持ちこたえた訳ですが、他方で発電装置は新潟中越地震では柏崎刈羽原発において1000ガルの揺れを記録していたようですけれども、これに耐えられなかったようです。原子力発電所は管理棟をはじめ、通常の耐震強度よりは高い強度を設計に盛り込まれているのですけれども、原子炉のような規格外の強度を全ての建物に相当させることはできないという事と、ディーゼル発電機の構造上難しい、という部分があるようです。
すると、津波対策を完璧とする事で電源喪失を確実に抑えられる、という断言はできるのでしょうか。電源喪失への対策は移動電源車を派遣することで対処する、という対策が講じられていますので二重に安全だ、という声があります。ただ、この発電車が津波被害にあっては意味が無いだろう、という事が挙げられましたので例えば若狭地域では電源車を離れた場所、一部は舞鶴市に置いているようです。舞鶴ならば大丈夫、といいたいところなのですけれども、若狭地域以外の原発も含め、津波被害の想定されない地域に待機している電源車があったとして、津波襲来後に完全に機能不随に陥っている道路を電源車が通行できるのでしょうか、例えば90式戦車を牽引車として使うような電源トレーラー、これでは東宝のメーザー殺獣光線車になってしまうのですが、これくらい不整地突破能力が高くなければ瓦礫を乗り越えて急行することは無理でしょう。陥没して冠水しているときを考えれば水陸両用性能も必要になるのでしょうか、そんな車両道路交通法上通行できないし、何と言っても他の救援活動を阻害してしまうでしょう。
事実福島第一原発へは電源喪失に陥った際に東北電力が応援車両として70両の電源車等を向かわせたのですが、津波により道路が通行不能となっており原発内部にも瓦礫が散乱、間に合わなかったと報じられています。陸が駄目ならば空輸。ここで考えられるのは、師団飛行隊に原子力災害対応の為の輸送ヘリコプターを配備し、自衛隊が独自の電源車を整備しておく事でしょう。写真は大型トラックを輸送する航空自衛隊のCH-47輸送ヘリコプター。原発が密集している地域の100km以内にCH-47JA輸送ヘリコプターを常時複数機待機させておき、原子力発電所近傍で津波の被害が起きにくい駐屯地に電源車を待機、地震発生とともにCH-47JA輸送ヘリコプターは緊急発進し駐屯地へ向かい急行、原発近傍の駐屯地ではヘリコプター到達までに電源車の吊下輸送準備を行い、ヘリコプター到着と同時に空輸を開始する、これが望ましい施策でしょう。73式大型トラックを空輸できるCH-47JAは、一定以下の重量であれば電源車の空輸が可能ですし、高機動車の車体を採用した低姿勢型の電源車を開発すればヘリコプター機内に搭載することも可能になります。ヘリコプターに最初から搭載して出動させないのは、ヘリコプターの進出速度を最大限確保するためです。空中機動を行うのでしたら、どれだけ道路が寸断されていても原発まで最短ルートで飛行することは可能です。
原子力発電所は民間企業であるのだから、自衛隊が原発対策の為にヘリコプターを増強する必要はないのではないか、という声があるかもしれませんが、例えばテロ対策などの警備は民間会社では難しいという事で警察が行っています、福井県警などは各原発に数十人の警察官を待機、小銃や機関短銃、狙撃銃と装甲車などを配備している様子が新聞報道に出ていました。銃刀法の観点から原発警備員が小銃や装甲車を持つ事が出来ない、という事になるのでしょうけれども、既に民間会社であっても警備には警察が支援しているのです、電源喪失事態への対応で輸送ヘリコプターを増勢することに対しては、もちろん輸送ヘリコプターは調達費50億円、維持費がだいたい機体価格の一割と言われますのでかなり高価ではありますが、原子炉数と同程度のヘリコプターを増勢すること、今ならば理解が得られるかもしれません。
ま た、電源喪失から短期間で炉心溶解が発生しているという今回の福島第一原発事故を見ますと、電源車を空輸するまでの一時間から二時間という時間に置いても放射性物質の漏えい危険性は考えられます。この点、輸送ヘリコプターよりも飛行能力が高い多用途ヘリコプターの増勢を行い、大気モニタリングを行う体制を構築する必要があるでしょう。それだけではなく、今回のような事態が発生した場合に備えて、軽装甲機動車の車体を用いた軽化学防護車を開発し、普通科連隊等の本部管理中隊に配備する必要があるでしょう。検知装置等は小型化していますので、現在の高性能な、というのもマスト類から判断して遠隔NBC感知能力を保有していると考えられるのですが、NBC防護車、これを広範に配備することは少々難しいでしょう。しかし、軽装甲機動車を基本とした自隊防護用の応急的な車両として軽化学防護車を配備するのでしたら、何とかなるのではないでしょうか。軽装甲機動車を与圧による気密化改修を行い、後部扉を改修してサンプリング機能と携帯式化学剤検知装置と、加えて車載可能な装備を選定して搭載すればかたちにはなります。応急的なものですが師団や旅団司令部の特殊武器防護隊が到達するまでの間の応急的な装備と割り切れば何とか考えられるのではないでしょうか。
阪神大震災を契機に人命救助システムの全国配備が行われた要領で、予算的に問題があるとしても次の大震災までに緊急措置として、補正予算を組んででも実現してほしいと考えます。CH-47JAは一機50億、これだけで原子炉と同数程度を増勢するならば、非常に大きな負担となるのですが、原子力発電の安全確保への経費負担なのだ、と割り切るしかないでしょう。もっとも、川崎重工でライセンス生産していますので、雇用促進という側面はあるのでしょうけれども。電源車確保、輸送ヘリコプター増勢、軽化学防護車の全国配備。ヘリコプターは発注から生産開始と納入まで二年以上かかりますし、軽化学防護車の開発は全国の駐屯地への配備を考えれば100両近くが必要になる訳ですが開発と配備までこちらも時間はかかります、これらを緊急の課題として実施するべく、為政者は早急にこうした視点を持ってもらいたいと考える次第、次の震災に備えて。
HARUNA
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