何年前になるかは覚えていないが、原子力工学の授業をもっていたことがあった。10年以上続いた講義だったが、その始めの2時限をとって特殊相対論を教えていた。
これはエネルギーと質量の等価性を導くのがその目的だったが、はじめに光速不変の原理を教えた。これは互いに等速運動をしている座標系から見たときには光速が不変であるという原理である。
試験のときに「光速不変の原理について書け」という試験問題を出したら、「いついかなる場合にも」光速は不変だという原理だと解答が多かった。
それでこちらの方が当惑をしてしまった。というのは真空中の光速は屈折率がnの媒質においてはその1/nになることが知られているからである。そしてたとえば、空気に対する水の屈折率は4/3であるから、水中では光の速さは真空中の光速の3/4となる。
いかなる場合にも光速は不変だなどと一言も授業で言った覚えはない。ただし、水中では云々は確かに触れはしなかった。授業をいい加減に聴いている学生が苦し紛れに書いたことだろうとは思うが、そういう学生がかなり多かったのは事実である。
学生のできのわるいのは学生のせいではなく先生のせいだとも言えるが、授業で言ったことをきちんと覚えておくだけでも真っ当な答えができたはずなのに、何を聞いていたのだろう。点を与えるつもりの問題が却って難問となった例であった。
ちなみにこれは黒板に板書をするだけのノート講義ではなく講義の詳細なプリントを渡しての講義であった。この講義のプリントは小著「数学散歩」(国土社, 2005)に再掲している。
(2012.12.21付記) いま小著「数学散歩」(国土社, 2005)は品切れである。再版予定はない。それでこの書の抜粋版である、「物理数学散歩」(国土社, 2011)を編集するときに「特殊相対性理論」の記事を収録するかどうか迷ったが、ページ数が増えるということで収録しなかった。goggleで「数学散歩」のこの章を読むことができればいいのだが、現在読めるでしょうか。