いや日本と外国との乖離乖離とおおげさに言うほどのことではないのだろうか。
武谷三男博士の業績を調べたりしているうちに外国の物理学史の研究者が武谷とか坂田とかはたまた湯川とかのことを研究して論文や書籍にしていることを知った。
日本ではこれらは方はもう亡くなってからかなり時間が経つので、忘れ去られようとしている。
そうはいっても湯川はノーベル賞を日本人としてはじめてとったスパースターだから、議論する人はいるし、坂田も昨年末にノーベル賞をもらった小林、益川の先生にあたるから、思い出す人も多い。
ところが武谷になると彼が亡くなってからまだ10年目だというのに日本では思い出す人はほとんどいなくなっている。
だが、L. M. BrownとかM. F. Lowとかドイツの科学史家である、Rerchenbergとかは湯川や坂田、武谷のことを研究して論文にしたり、本として出版したりしている。
これは日本人の悪い癖ではないだろうか。外国で評価されたり、話題になったりしないととりあげない。
私が武谷の論文リストをつくったり、著作リストをつくったりしてもそれを評価してくれる人はいないとは言わないが、少ない。
一方、外国の研究者の科学史の論文だが、大きなところでは間違いはないのかも知らないが、細かなところではやはり間違いがあったりする。そういうところを埋める研究が必要な気がする。こんなことをここ数日感じている。