今朝起きたときに今日のブログで書くことを考えて決めていたのにいざ書こうとすれとそれが何だったかまったく忘れて思い出せない。
近所に住むご婦人の認知症気味なのが私のうちでも話題になっていたが、私も認知症気味である。そういういえば、このご婦人の名前を名前をしばらく思い出せないことがあった。
一生懸命思い出そうとしたのだが、2時間ほど思い出せなかった。妻に聞けばすぐ言ってくれるのだが、これは我慢してじっと思い出そうとして2時間ほどしてやった思い出したときにはうれしかった。
こういう風に老化は進んでくるのだろう。認知症といえば、いつだったか前にも書いたかしれないが、業績のある有名な物理学者が老年になって認知症になっていたと聞いた。
この方は日本を代表する物理学者の一人であるが、その人と接触したことのある気鋭の物理学者から聞いた。イニシャルを書くとどなたのことかすぐにわかるのでここには書けない。
これも日本を代表する数学者のことであるが、この方も老年に認知症になったと聞いている。物理にも詳しい方だそうで、この方の主宰するセミナーは多くの方が参加するすばらしいものであったらしい。
門下生のある方が研究生活から老年の日常生活へのソフトランディングがうまくいかなかったのだという風に言われていた。
この数学者の門下生ではないが、学位論文の取得のときにいいアドバイスをもらった、ある数学者はこの先生の門下生がもっと頻繁に先生を訪問してあげるべきだったのではないかとの感想をもっていた。しかし、これはそうしていてもこの優れた数学者の認知症を防止できたかどうかは分からないから、単なる感想にしかすぎないだろう。
いずれにしても自分の人生を常に活発に生きることは、これらの方々のような優れた学者でも難しいことを示している。
しかし、人のことではなく自分のこととして考えるとき、認知症になるかもしれないなどとあまり神経質にはなりたくはない。