高専に勤めていた友人のS君の述懐である。
彼は原発で、その使用済み核燃料の処理が大きな問題であることは知っていたが、原発を止めても放射性崩壊物からの崩壊熱のために原子炉を冷やし続けなければならないということを知らなかったという。
そしてお前は知っていたかと言われた。そのことをたまたま知っていたが、それは私がE大学の工学部で10年ほど応用物理学の講義で実際には「原子力工学」というテクストを使って教えたことがあったからである。
もし、このことを知らなかったからといって、物理をやっているS君が不勉強ということではないだろう。もちろん、反原発に以前から関心があったりすれば、これは当然の知識であろうが。
原水爆禁止運動をしていた方々の多くも原発は原爆と地続きと問題であるとは普通の人は思わなかったであろう。それで、S君は私や彼の先生の、現在、原水爆禁止運動を熱心にやっているSさんはこの崩壊熱のことを知っていたであろうかと私に尋ねた。私は即座にSさんが知らなかったはずがないと答えた。
Sさんはヒバクシャであり、彼の生母は原爆で亡くなっている。そして、その後素粒子物理学の研究者になったという稀な経歴の方である。彼は大学退職後の、いまも広島の放射能の影響の研究の不備を突く研究を続けており、原爆被災者の国家補償の裁判に重要な役割を担っている。
政治的な意味ばかりではなく、科学研究としても重要な意味を彼の放射線の後遺症の評価に影響を与えつつあるらしい。特に原爆の後にその後1週間以内に広島に身内を探す等の理由で入市したヒバクシャの後遺症の問題にも取り組んでいる。
政治的な立場は私とこのSさんとは異なるかもしれないが、その真摯さには頭が下がる思いである。