どうか。日本人は自分で本を購入する人が研究者にはおおいのではないだろうか。理系の人はあまり本を購入しないとも言われる。それはなぜか。理系の人は論文だけを読んでいればいいからである。
もちろん、そんなことはないけれども先端の学問にはテクストはないのが、普通である。もちろん修業時代には先駆者の書いたテクストを読んでまずは科学の最先端まで到達しないといけない。
それからあとはひたすら論文を読むことが必要である。友人の物理学者Eさんは論文がすぐにはわからないから楽しいのだとまで言われている。暇つぶしかどうか知らないが、時間をかけて論文を読むのだという。
物理学の業界から落ちこぼれて久しい私などにはとても到達できない境地である。
そういえば、マルクスだとかエンゲルスも大英図書館に通って勉強したのだとか聞いた覚えがある。資本論の何巻目かは大英図書館で書いたのではなかったろうか。
本当かどうかは知らないが、たぶん欧米の学者はあまり図書を購入するという習慣がなく、本は図書館で借りて読むというのが普通なのだと聞く。
昔の日本の大学では物理学科の図書室とかにある本は1冊ということが多くて、それを長期的に借り出して読むなどということはできなかったような気がする。
GME(Gesammtwerke von Marks-Engels?)とか言われるマルクスとエンゲルスの全集の編纂が世界的になされている。これはドイツとロシアの学者と日本の学者が主として関与していると聞いた。そして出版されたGMEをかなり多くの日本の学者が購入してくれるためにその事業がペイしているとまではいえないとしてもそれほどの損失を与えているわけではないとか。
社会主義の思想の大本をつくった、マルクスやエンゲルスの全集である、GMEの編集にかかる経費の幾分かを日本の科研費とかからも支出されているとか数年前に聞いたような気がする。
いまどきそんなことではどうするということをお感じになる方も多かろうが、いずれにしても日本の学会の特異性がそこに現れている。それがいけないことかと言えば、世界的に言えば、そんなに悪いことでもないと思う。
出版業界は不振だと言われるし、多分それにまちがいはないと思うけれども、それでもなお,かつ,いろいろな本が出版業界に出されているのはやはり日本の文化と誇ってもいいのかもしれない。
毎日、新聞の下部の出版広告を見るとこんな本を購入して読む人がいるのだろうかというような本が翻訳で出ていたりする。そんな国が世界のどこにあるだろう。やはり日本の特異な文化の一つを誇ってもいいのかもしれない。