物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

おもてなしの英会話

2019-11-09 12:36:14 | 日記

「おもてなしの基礎英会話」はいうまでもなく、「もて基礎」とも略されているが、中川翔子さんがゲストの英会話のNHKのEテレの放送である。ほかにハリー杉山さん、井上一平先生が出演されている。

2020年の来年は東京でオリンピックがあり、外国からもオリンピックを見に大勢の外国人が来られることが予想される。

それでというわけでもないのだが、私が長年聞いているNHKのラジオのドイツ語講座でも中級編ではここ数年日本各地を巡るとか日本が話題となっている。

昔なら、聞いたことがあるのはカフカの「変身」だとか「城塞?」だとか、ストルムの「みずうみ」だったりした。だが、最近はそういう文学はほとんど採用されないような気がする(注1)。

フランス語の中級でもそういう傾向がある。昔にはフランス語ではメリメの『マテオ・ファルコネ』だとかも採用されていた。『マテオ・ファルコネ』は歴史家の羽仁五郎が紹介していたので、関心があった。また、原作そのものではないが、カミユの『異邦人』のドラマであった(注2)。『カルメン』もドラマ仕立てか抜粋で読まれたと思う。

最近はフランス語でも日本の紹介が多いような気がする。

別にフランス語を学ぶのにどちらでも不都合はないのだが、やはり外国人の来日が多くなっているからだろうか。

半ば本気でだが、どうも私たちも生活が苦しくなっているので、観光ガイドの通訳として生活費を稼げという暗示なのだろうか。

韓国にもう10年以上前だが、昔住んでいたチネ(鎮海)を訪ねたときに、ソウルから日本語の達者な女性ガイドが来られて私たちのグループを案内された。言葉がよくできると生活ができるのである(注3)。

もっとも残念ながら、私にはまだそれほどの能力がない。

(注1)これは不満を言っているのではないので、誤解をしないでほしい。たぶん、放送番組を組まれる方の見識というか意識がそうなっているのだろう。

(注2)カミユとカタカナで書いてしまうとなんだかカ・ミ・ユとわけて発音されそうだが、数年前の常盤貴子さん出演のフランス語講座「旅するフランス語」ではカミュと2音節に聞こえた。

(注3)チネは私たちが住んでいたころから、桜の名所である。春の桜の季節には50万とも100万ともいう観光客が訪問するという。私たちが訪ねたのは花見のシーズンからすこしはずれた5月であった。

小六月

2019-11-09 12:10:58 | 日記

今日は土曜日である。毎週金曜日にはあるところから弁当をとっている。

この弁当の上にはパソコンで印刷されたカラーの絵がついた紙が上にのせてある。その絵のそばにいろいろ季節の言葉や趣味の俳句が出ていたりする。

昨日のその絵に添えられた俳句に

 知らぬ道 犬にまかせて小六月

というのがあった。

「小六月(ころくがつ)」というのを知らなかった、妻がスマホで調べてどうも「陰暦の10月」のことであるとわかった。

そういえば、「小春」とか「小春日和」という語もある。小はもちろん小さいという意味である。だが、もちろん量的に小さいとか少しという意味でもあろうが、似通ったという意味もあるのではないかと推量した。

そういえば、「小京都」という語もある。これも辞書を引いてみても「似通った」という意味はあからさまには説明されていないが、あると思われる。

「小春日和」は春ではないよとは中学校のころに国語のO先生にきつく言われたことがある。「小春」は辞書には「暖かくていかにも春らしい気分がするの意」だとある。そして陰暦の十月の異称だと説明されている。

「小春日和」は「陰暦十月のころのよく晴れた暖かい日和」と『新明解国語辞典』(三省堂)にある。

それで思い出しのたのだが、サトウ・ハチローの歌の

 小さい秋、小さい秋見つけた

という一節である。

いつか、コーラスを聞きにいったとき、このコーラスグループのリーダーからこの曲は秋の歌ではなく、夏の終わりの曲であると説明があった。

だから、小さいには「その趣がある」といった意味であり、俗な言い方では「似通った」という意味を含んでいるということが80歳にしてようやくわかった。

「小京都」などはその意味であろう。


ベルリンの壁崩壊から30年

2019-11-09 11:49:32 | 日記

今日11月9日は「ベルリンの壁崩壊から30年」の記念日である。

自由と民主主義に憧れた人たちの本当の望みは豊かな生活であったらしい。そして、それが30年たったいまもあまり満たされないので、ポピュリズミに走ったりしている。

それでも旧東独の旧西独と比べて半分くらいだった所得は約75%くらいまで伸びてきているという。それでもやはり格差はあるようだ。

私などは4,5年で旧東独と旧西独との差がなくなるのではないかと楽観していたが、これはまったく外れた。ドイツ人のR氏などは格差の解消にはやはり数十年はかかるだろうと正しく予想されていた。

だが、最近では東独生まれの日本在住のドイツ人のドイツ人教師もおられる時代になってきている。そして、幼いころの感じをラジオのドイツ語語講座で話をしてくれる時代にもなってきている。

そういう意味では隔世の感がある。30年前にテレビの前で興奮していたことを思い出す。あのときはまだ私は50歳になったばかりであった。

あのころ私の年齢に子どもがなっていることに気がつく。30年は短い時間ではなかったはずだ。