田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

ひまわりおじさん物語 9

2010-02-04 21:45:53 | その他
新たな夢 

 2007年3月、Mは北見市の小学校で教員を退職し、退職と同時に札幌市に居を移した。
 札幌市に転居しマンション住まいとなったMはジャンボひまわりを栽培することからも遠ざかった。そのことがひまわりおじさんとの交流も自然と遠ざけることになってしまった。

 ひまわりおじさんとの交流はなくなったものの、Mの心の中には学校在職時代にひまわりを始めとして花壇を整美することに情熱を傾け続けた血が疼いていた。
 そんなとき、札幌市が「タウンガーデナー」制度を発足させ、募集していることを知った。
 タウンガーデナーとは、どのような形でも札幌の街を花と緑でいっぱいにするために協力できる人を登録する制度だった。
 何ができるのか見通しもないままにMはタウンガーデナーに応募した。

 Mが考えたのは住まいの近くにぽっかりと空いた小さな空き地をなんとか整備できないものかという思いがあった。管理者の札幌市に伺ったところ「整備しても良い」という回答を得た。Mは、「さて春にはどのように整備しようか」といろいろと構想を巡らしていた。
 そのようなことを考えていた頃、ひまわりおじさんから6冊目の著書「新しい共助の形の実践報告『お茶わんプロジェクト』」が届いた。

        

 そこには中越大震災以降も、2007年4月の中越沖地震、2008年6月の岩手・宮城内陸地震、2009年8月の兵庫県佐用町の集中豪雨被害に際し、ひまわりおじさんが「お茶わんプロジェクト」を実施していたことが記されていた。
 一時交流は途絶えていたが、ひまわりおじさんは初志を貫き、取り組みを神戸市のみならず全国に展開していることをMは知らされた。

 6冊目の著書「新しい共助の形の実践報告『お茶わんプロジェクト』」を読み終えたとき、Mの中に閃いたものがあった。「そうだ!札幌の街にもジャンボひまわりを咲かせてみたい!」と・・・。
 思い立ったら吉日、Mはすぐさまひまわりおじさんにジャンボひまわりの種子を所望した。
 ひまわりおじさんは快諾してくれた。しかもおまけ付きで・・・。

 そのおまけとは・・・。
 ジャンボひまわりの種子を直接手渡ししてくれるというのだ。
 たまたま今回、ひまわりおじさん夫妻が「さっぽろ雪まつり」に来札するということなのである。
 できすぎた話のようにも思えるが本当である。ひまわりおじさんとMは6年ぶりに再会し、その場でジャンボひまわりの種子を受け取ることにした。その種子を受け取るのは8日の予定である。

 この夏、札幌の街のどこかにジャンボひまわりが花開いて、その種子が次の年に少しの広がりを見せて、そしてまた次の年には・・・、と少しずつその輪が広がっていくことをMは夢見ている。

 ひまわりおじさんとMの物語はまだ続きそうである。
 しかし、ブログ上ではこの辺りで一度区切りをつけたいと思う。
 未完のまま今回を最終章としたい。またいつの日か続報を・・・。