田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

座・歌舞伎 伝統芸能フェスタ

2010-02-08 18:06:10 | ステージ & エンターテイメント
 札幌には開拓時代に盛んだった農村歌舞伎を現在に甦らせた「新琴似歌舞伎」と「篠路子ども歌舞伎」の二つのグループがある。その二つが一緒になって合同公演を行った

        
        ※ 会場の外には幟がはためき、雰囲気を醸し出していました。
 
 2月6日(土)「座・歌舞伎 伝統芸能フェスタ」と銘打った合同公演が教育文化会館であり、公演を観賞した。

 新琴似では1897(明治30)年頃から1916(大正5)年にかけて、篠路では1902(明治35)年から1934(昭和9)年にかけて、それぞれ地域の青年がリーダーとなって農村歌舞伎が盛んだったそうだ。
 これといって娯楽のなかった当時は地域で絶大の人気を誇ったという。
 しかし、時代の進展とともに映画を始めとする娯楽が農村にも押し寄せ、いつしか農村歌舞伎は寂れていったという。

 それから幾星霜の時代を経て、再興された経緯が二つとも似通っているのが面白い。
 両者ともキッカケは地域の集会施設が新しく誕生したことが契機となって、地域で再興の話が持ち上がったようだ。
 新琴似では1993(平成5)年の「プラザ新琴似」の完成を受けて、1996(平成8)年に「新琴似歌舞伎伝承会」が設立され、復活公演が実現したという。
 また、篠路ではそれより早く1985(昭和60)年「篠路コミュニティセンター」の開館記念に地元有志が歌舞伎を上演し、「篠路歌舞伎保存会」が発足したという。

 現在、「新琴似歌舞伎伝承会」は新琴似中学校の生徒に伝承しようとその活動を行っている。
 また、「篠路歌舞伎保存会」の方は、篠路中央保育園が園のカリキュラムに歌舞伎を加えて地域行事に参加するのを後方から支え、支援する活動をしているようである。

 フェスタは、「新琴似歌舞伎」が新琴似中学校・新琴似歌舞伎保存会の人たちにより「白波五人男」~稲瀬川勢揃いの場~が披露された。
 構成は中学生が3人、保存会の人が2人で五人男を演じた。

        
      ※ 白波五人男の一人 弁天小僧菊之助が見えを切ったところです。

 中学生はまだ1年生ということで動きがまだぎこちないところがあったが、歌舞伎の化粧の面白さを感じた。それは化粧を施すことによって、中学生の肌の若々しさがかえって際立ったように思えたことだ。保存会の人たちとの年齢差が化粧によって一層離れて見えたのは私だけか?
 一方、保存会の人たちの演技にはあたりまえではあるが、一日の長を感じた。保存会の人たちだけの本格的な歌舞伎を見てみたいと思った。

        
        ※ 白浪五人男が勢揃いし、大見えを切った場面です。

 「篠路子ども歌舞伎」は「仮名手本忠臣蔵」~殿中松の間刃傷の場~、~塩冶館判官切腹の場~を披露した。
 まだ学齢期にも達していない園児が懸命に唱える口上には会場からやんやの喝采が何度も飛んだ。

        
        ※ 仮名手本忠臣蔵の前口上を述べる三人の園児です。

 ふだん使い慣れない侍言葉(?)を長々と暗唱するのには相当の時間を要したはずであるが、会場の隅々まで通るような大きな声で淀みなく演じきったのは見事だった。

        
      ※ ご存知 浅野内匠頭が大石内蔵助を前にして切腹する場面です。

 できれば、伝承会や保存会は裏方へ回って伝承することだけに力を注ぐのではなく、昔の農村歌舞伎を彷彿とさせるためにも現役として舞台に上がってほしいものである。
 新琴似歌舞伎の創始者の田中松二郎が87才(?)でなお見えを切ったように・・・。

        
        ※ 出演者全員が勢ぞろいしてのフォトタイムです。