その後も札幌の街を巡っていると「蔵のある風景」に出合うことが多い。「蔵」といってもいろいろあるが、私がここで取り上げるのは、あくまで札幌軟石やレンガなど石造りの蔵であることをお断りしておきます。
◇住宅街にひっそりあった石蔵
4月11日、サッポロファクトリーの北方面をウォークした。
住宅街とはいっても、純粋の住宅街ということではなく、小さな工場や倉庫、そして住宅などが入り組んだ感じの一画だった。
北4条東4丁目に差しかかったところ、住宅の横に明らかに札幌軟石を使用したと分かる蔵が目に入った。かなり大きな蔵である。背後には新築のマンションが建設中だった。
表側に回ってみると、大きな戸が付いていた。重機など大きな機械が出入りするのだろうか?商品などの荷物を保管する倉庫というよりは、車や重機など大きなものを収容する倉庫として使用されているように思われた。

※ 比較的大きな札幌軟石を使用した蔵でした。後方はマンション建設現場です。

※ 反対側へ回ると蔵には大きな戸が付いていました。

※ 壁の上部は補強のためでしょうか?モルタルが塗られていました。
◇改装され見間違えた石蔵
この石蔵を発見したときは、その蔵の前に至っても石蔵とは気付かなかった。
上記と同じ4月11日のことだった。北3条東7丁目に至ったとき、最初は何も気付かずに通り過ぎて、その建物の裏側に回ったときだった。その建物が札幌軟石を使用した石蔵であることに気付かされたのだ。
最初に見た方角からは、石蔵の外壁のところに白く塗られた建物が増設されていた。おそらく後から使用する際に倉庫に併設して建て増したものと思われる。
私が石蔵を見ているとき、たまたま石蔵の小さな入口から荷物を搬出する会社の人に出会ったので、「もともとはどのような目的で使われていたのですか?」と聞いたが、その方は「まったく知らない」という返答だった…。
何代にも渡って使い継がれてきたのだろう。

※ 初めに見た蔵です。これでは石蔵だとは思えません。

※ 裏へ回ると、札幌軟石の壁が大きく見えました。

※ 横に付いた小さな戸から荷物を出し入れしていました。
◇トモエ醤油の石蔵
翌日の4月12日、今度は苗穂地区をウォークした。この日は約10キロ超のウォークをしたにも関わらず、あまり特徴的な光景に出合えなかった。
そんな中、苗穂町2丁目に差しかかったときだった。界隈の一画は「トモエ醤油」の醸造元で知られる(株)福山醸造の敷地が広がっている。
醤油の製造過程には熟成・醗酵の過程があるためか、敷地内には倉庫が目立った。
そんな中、ある一画まで来るとレンガ造りの蔵が並んでいるのが見えた。その様は隙間なく石蔵が林立しているようであった。
敷地内にはもちろん入れないため、金網製のフェンス越しの観察・撮影だったが、レンガの壁を良く見ると、補修や改装されている跡が見えた。時代によって石蔵の使用方法に変遷があったのかもしれない。

※ 茶褐色の色が鮮やかなレンガの蔵です。

※ 狭い隙間から見ると、何棟ものレンガの石蔵が並んでるのが見えました。

※ 壁に近づいて良く見ると、補修されたり、改装された跡が見えました。
札幌軟石の石蔵は、平岸地区あたりに昔のリンゴ倉庫に使用されたものがまだ残っているとも聞く。今年中にそちらへも遠征して、レポートできたらと思っている。
◇住宅街にひっそりあった石蔵
4月11日、サッポロファクトリーの北方面をウォークした。
住宅街とはいっても、純粋の住宅街ということではなく、小さな工場や倉庫、そして住宅などが入り組んだ感じの一画だった。
北4条東4丁目に差しかかったところ、住宅の横に明らかに札幌軟石を使用したと分かる蔵が目に入った。かなり大きな蔵である。背後には新築のマンションが建設中だった。
表側に回ってみると、大きな戸が付いていた。重機など大きな機械が出入りするのだろうか?商品などの荷物を保管する倉庫というよりは、車や重機など大きなものを収容する倉庫として使用されているように思われた。

※ 比較的大きな札幌軟石を使用した蔵でした。後方はマンション建設現場です。

※ 反対側へ回ると蔵には大きな戸が付いていました。

※ 壁の上部は補強のためでしょうか?モルタルが塗られていました。
◇改装され見間違えた石蔵
この石蔵を発見したときは、その蔵の前に至っても石蔵とは気付かなかった。
上記と同じ4月11日のことだった。北3条東7丁目に至ったとき、最初は何も気付かずに通り過ぎて、その建物の裏側に回ったときだった。その建物が札幌軟石を使用した石蔵であることに気付かされたのだ。
最初に見た方角からは、石蔵の外壁のところに白く塗られた建物が増設されていた。おそらく後から使用する際に倉庫に併設して建て増したものと思われる。
私が石蔵を見ているとき、たまたま石蔵の小さな入口から荷物を搬出する会社の人に出会ったので、「もともとはどのような目的で使われていたのですか?」と聞いたが、その方は「まったく知らない」という返答だった…。
何代にも渡って使い継がれてきたのだろう。

※ 初めに見た蔵です。これでは石蔵だとは思えません。

※ 裏へ回ると、札幌軟石の壁が大きく見えました。

※ 横に付いた小さな戸から荷物を出し入れしていました。
◇トモエ醤油の石蔵
翌日の4月12日、今度は苗穂地区をウォークした。この日は約10キロ超のウォークをしたにも関わらず、あまり特徴的な光景に出合えなかった。
そんな中、苗穂町2丁目に差しかかったときだった。界隈の一画は「トモエ醤油」の醸造元で知られる(株)福山醸造の敷地が広がっている。
醤油の製造過程には熟成・醗酵の過程があるためか、敷地内には倉庫が目立った。
そんな中、ある一画まで来るとレンガ造りの蔵が並んでいるのが見えた。その様は隙間なく石蔵が林立しているようであった。
敷地内にはもちろん入れないため、金網製のフェンス越しの観察・撮影だったが、レンガの壁を良く見ると、補修や改装されている跡が見えた。時代によって石蔵の使用方法に変遷があったのかもしれない。

※ 茶褐色の色が鮮やかなレンガの蔵です。

※ 狭い隙間から見ると、何棟ものレンガの石蔵が並んでるのが見えました。

※ 壁に近づいて良く見ると、補修されたり、改装された跡が見えました。
札幌軟石の石蔵は、平岸地区あたりに昔のリンゴ倉庫に使用されたものがまだ残っているとも聞く。今年中にそちらへも遠征して、レポートできたらと思っている。