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持続力と集中力は相対するもの

2007年01月04日 | 雑記帳
 去年の秋頃の雑誌(ダ・カーポ)をなんとなく読み返していたら
自分にとってはちょっと新鮮な論を見つけてしまった。
 脳科学の研究者として名の売れている池谷裕二氏が、こんなことを言っていた。

意識が分散するというか、一つに固定されないことが、いろいろな可能性を生む。
だから、持続力と集中力とは、相対するものなのです。


 子どもを評価する言葉として、よく「集中力がない」とか「集中が持続しない」「飽きっぽい」などと使ったりするが、
それは脳の活動として果たしてどういう状態なんだろうと思わざるを得ない。

 心の新鮮さを持続していくことが持続力であるならば
「一点に視線を固定」できるような集中力は、
持続力という面では邪魔になるという存在のようなのだ。

 私たちが「集中して頑張ることのできる子」と称するのは
けして持続力があるのではなくて、我慢する力があるだけと言うことだろう。

 本当の持続力は、多角的に物事をとらえるという新鮮さを持ち続けるために
「脳を揺らがせて」いる、つまり表面上は落ち着きなく動いている?そんな子が身につけている。

 そう言われれば、今活躍している著名な学者の中には
おそらくそんな子ども時代を過ごしたような(そんな文章を書いている)人が
何人もいるのではないか、とふとそんなことが頭をよぎった。