すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

熱を振り撒きながら歩く人

2011年10月23日 | 読書
 『希望は絶望のど真ん中に』(むのたけじ 岩波新書)

 学習あるいは教育という行為の本質は開拓、開墾であり、創造だと私は思っている。

 そう言い切る著者は、学習への取組みについて二つの思いを提示する。

 まず、グループの学習会では車座を組むことだ。

 車座は、一揆を起こしす百姓たちの座り方が原形だという。首謀者がわからないようにした工夫なのである。それは対策であると同時に一徹な心の有様でもある。

 全員が対等で、責任は全員で持つという精神

 次は、著者が仕事を始めた時の自分との誓いの言葉だそうである。それは学習への取り組みにそっくり当てはまる。
 その信条を長年人に伝えたことがなかったが、あるフリー・ライターの女性との交流を深め、手紙にその三個の言葉を書いてプレゼントしたという。

 「いのちがけで」「死にもの狂いで」「いばるな」
 
 熱く激しいそれらの信条を貫くには、厳しい社会の現実がある。多くの凡人はそのような言葉を聞いてもどこかで何かを誤魔化し、捻じ曲げながら生きるが、真の仕事を目指す人間にとっては命を燃やす発火薬のようなものではなかったか。
 十冊の著作を送り出して脚光を浴びるようになったその女性ライターは、昨年若くして逝去した。

 「戦争いらぬ、やれぬ世へ」が一貫したむのの主張であり、言動の核をなす。今回の著書ももちろんそうであり、人類学的な視点での論証ともいうべき部分が多い。
 読みとれない箇所も結構あり、私にはそれ以外のエピソード的な生活や行動を記したところが頭に残った。

 しかしいずれにしても、一個の火の玉のような印象はそのままであり、その熱を振り撒きながら歩みを止めない姿に、人間のしぶとさの典型を見る。
 うかつに近寄れない存在でもある。