すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

ソコから始める人の強さ

2014年07月23日 | 読書
 「2014読了」71、72冊目 ★★★

 『海賊と呼ばれた男(上)(下)』(百田尚樹  講談社文庫)


 昨年の「本屋大賞」作品。文庫化を待っていた一冊?二冊である。
 馴染みの書店でレジに持っていくと、ご主人から声をかけられた。

 「作品は面白いのにねえ、実際に言うことは、ねえ・・・」

 なんと答えていいものか…にやりと笑うばかり。

 メディアでのこの作者が発言することの真意はともかく、小説は評判通りの力作だった。

 いろいろな切り口から評することができそうだ。

 自分にとっては何より「経済歴史小説」としての価値があった。
 もちろん世界にとっての「石油」の重要性について知らなかったわけではないが、ほおおおっ、言われてみればという歴史的な観点がたくさんあり、認識を深くできたように思う。

 持たざる国日本が時代を切り開いていくために、どんなことが必要か、主人公国岡鐡造は、はっきりととらえていたし、その底知れぬ胆力は、まるで一つの強烈な磁石のように、人々を惹きつけた。

 それゆえ反発する人や組織は多かったが、小手先の利潤追求や他に阿る気持ちなどを一切ふりきって、ただ猛進するのであった…こんな日本人がいたのだなあと改めて思う。

 鐡造の国岡商店には、出勤簿もなければ、定年もない。
 その思想の拠り所はどこにあるのか…と読み進めていくうちにずんと響いてくるのは、後半に登場する「人間尊重」という精神の重みである。

 それに比べれば、今叫ばれている人権とかキャリアなどという言葉が、ひどくうすっぺらのように思えてくる。

 本質、原則は何かということを常に見据えて生きる凄まじさを教えてくれる小説といってもいいだろう。

 描かれるその素晴らしい場面の数々は胸を打つ。
 しかしそれは厳しさ、辛さ、切なさが昇華された姿であって、軟弱な昭和戦後生まれには、到底手に出来ない境地と言えるのではないだろうか。


 本質とは、簡単に言えば例えばこの文章だ。

 ガソリンがなければ、車に乗らないで、歩けばいい。足はそのためにある。灯油が足りなくてスト―ブが使えなければ、外套を着ればいい。・・・

 石油という仕事に人生を賭けたと言っていい主人公が語ったこの一言は、ある意味で、仕事の「底」を見つめる不断の覚悟が示されている。

 ソコから始める人は限りなく強い。