本を読むのに、お金は気にしないでおりました。
本代を気にすると、まずは、本なんて買えません。
ですが、お金もなくなり(笑)。
すこしは、本の整理をするようになると、
本を買うのは、ここまで。
と自制するように最近なってきております。
というか、こうして書きながら、言葉でここまでと取り決める。
そういう、境界線を引くには、言葉はうってつけかもしれないなあ。
何せ、自分で自分に言い聞かせる。
ということで、最近の例。
養老孟司・久石譲対談本「耳で考える」(角川oneテーマ21新書)740円。
ここに、
「僕は高橋秀実(ひでみね)の書くものが好きなんだけど、たとえば自分の奥さんのダイエット話(「やせれば美人」新潮文庫)一つとっても、彼が書くことで日常的なことがある豊かさをもって浮かんでくる。言葉というのはそういうふうに使うものだと思うんです。
言葉というものは、何でもないことを豊かにしてくれるものであるべき。・・・今は世界を痩せさせるために使っている気がする。だから、言葉狩りをしたり、失言を大げさにとらえたり、バカなことばかりしているんですよ。物差しが狂っている。」
「世界を貧相にしちゃいけない。でも、どうも今の言葉は、世界を貧相にするように使われている気がしてしょうがない。・・・とくに新聞はひどいと思う。事実を正しく伝えるとかアホなことをいう。そうじゃない、事実を豊かにするのが我々の仕事だというふうに思えば、新聞はもっと有効なものになる。誰も読まないのは、これが事実だとかウソだとか、そんなことでけんかばっかりしているからですよ。」(p141~142)
ここに高橋秀実さんが登場している。
「やせれば美人」が、ちょっと気になる。
今日(9月18日)の新聞に、雑誌「新潮45」10月号の広告が載っている。
そこに特別対談「養老孟司・高橋秀実」の「百年に一度をどう生きるか」というのが写真入であるじゃないですか。う~ん。買わないよなあ。760円。
買わないときは、その話題をすぐに変えるに限る。
ちょうど、その新書のp137に、こんな箇所がある。
【養老】・・ある雑誌が日本に在住している外国人に、『日本のいいところを言ってください』というアンケートを採ったことがあった。はっきり中身を憶えていないんだけど、唯一憶えているのは、日本人のいいところのトップが『時間どおり来る』『言ったとおりやる』ことだった。この二つは日本人の美点なんだな、と思った記憶があります。世界にはそれだけ、『時間どおり来ない』『言ったとおりやらない』国が多いということです。
【久石】これは、僕、痛感しています。本当にそうなんです。日本の仕事はやりやすいなあといつも思うのは、言ったことは必ず守るし、時間も正確、ズレがない。予定が予定どおりに進む。これ、日本の社会だけで仕事をしている人は当たり前のことだと思うでしょうが、外国ではまずありえないことなんですよ。・・・・言ったことをきちんと守ろうとする日本人の特質というのはすごいですよ。(p137~p138)
う~ん。ここで養老さんが紹介している雑誌というのは、
文藝春秋特別版平成18年8月臨時増刊号「私が愛する日本」。
この雑誌のことじゃないかと、私は思いあたったのですが、どうか。
こちらは、つい先頃本棚の整理をしていたので、すぐに棚から引き出せました。
「大特集 外国人52人が語る 私は日本のここが好き!」というのがあります。
養老さんの指摘しているのは、どなたか、この雑誌をまた読み直してみても
楽しめるような気がします。
ここでは加藤恭子氏の「解説」(p160)。そのはじまりを少々。
「【文藝春秋臨時増刊号】の飯沼康司編集長とは、時々とりとめもない雑談をすることがある。その中の一つに、中国の反日デモがあった。
2003年11月、西安の大学で日本人留学生が行った寸劇がきっかけのデモから、2004年7月のサッカーのアジアカップでの反日デモ、2005年4月に北京、上海、天津などで起きた反日デモや暴動。それに韓国での反日感情が加わると、『自分たちは近隣諸国からこんなに嫌われているのか』と多くの日本人が自信を失っている現実も話題になった。話し合っているうちに、飯沼氏と私の共通の思いが出現する瞬間があった。
『日本人を励ましましょう。反日ばかりではない。日本が大好きな外国人は大勢います。あなたたちには、こういういいところがたくさんありますよと』『でも、どうやって?』と試行錯誤を繰り返しながら実現させたのが、今回の特集である。私たちは次のことをきめた。日本の内外に住み、知日経験には差のある外国人たちに、『あなたは日本のどういうところが好きですか?』『日本に対する注文は?』と訊ねる。できるだけ多彩な文化的職業的背景の人たちを集めるためには、私の教え子たちを動員し、また上智大学で同僚だった大和田滝惠教授にも中国語を生かして協力して頂く。・・・・」
「昭和47年に43歳で帰国した私は、それまでの合計15年間、海外に住んでいた。旅行やフランスへの短期留学を除くとほとんどアメリカで、ことに最後の7年は永住権を持つ移住者だった。その間ずっと、私は外から日本を見続けていたことになる。
この【外の眼】は、日本へ帰って日本を【内の眼】で見るようになっても私の中で生き続け、時には人生を複雑にしてくれる。個人にせよ国民性にせよ、美点のすぐ裏には欠点が、そしてその逆もありうる。日本人の多くは完璧主義者で、物事を悲観的に見る傾向がある。これはこれで仕事の正確さ、技術の向上などの推進力となっている。しかし心の状態を問うと、『すべてに満足』と答える人よりは、『閉塞感がある』『将来が不安』『孤立している』『自信がない』などと答える人の方がずっと多いのではないだろうか。
私自身も【内の眼】だけで日本を見続けると、気持が曇ることがある。そんなときに外から客人たちと外国語で話しながら街の中を歩き回ると、ふと心が晴れたりする。・・・」
これから、あとの心が晴れるエピソードなども忘れ難い。
ということで、あらためて古雑誌を読み返すこととして、何とか高橋秀実さんの本と対談へとは、手をひろげないことにいたします(笑)。
ちなみに、今日検索したら、出窓社より加藤恭子編で「私は日本のここが好き! 外国人54人が語る」として、雑誌の特集が加筆し単行本になっていたようです(2008年・1575円)。「ふと心が晴れたりする」という手ごたえが、雑誌特集の反響として、そのころあったのかもしれませんネ。そんなことを思いながら、私は古雑誌をまた読み直してみましょう。
本代を気にすると、まずは、本なんて買えません。
ですが、お金もなくなり(笑)。
すこしは、本の整理をするようになると、
本を買うのは、ここまで。
と自制するように最近なってきております。
というか、こうして書きながら、言葉でここまでと取り決める。
そういう、境界線を引くには、言葉はうってつけかもしれないなあ。
何せ、自分で自分に言い聞かせる。
ということで、最近の例。
養老孟司・久石譲対談本「耳で考える」(角川oneテーマ21新書)740円。
ここに、
「僕は高橋秀実(ひでみね)の書くものが好きなんだけど、たとえば自分の奥さんのダイエット話(「やせれば美人」新潮文庫)一つとっても、彼が書くことで日常的なことがある豊かさをもって浮かんでくる。言葉というのはそういうふうに使うものだと思うんです。
言葉というものは、何でもないことを豊かにしてくれるものであるべき。・・・今は世界を痩せさせるために使っている気がする。だから、言葉狩りをしたり、失言を大げさにとらえたり、バカなことばかりしているんですよ。物差しが狂っている。」
「世界を貧相にしちゃいけない。でも、どうも今の言葉は、世界を貧相にするように使われている気がしてしょうがない。・・・とくに新聞はひどいと思う。事実を正しく伝えるとかアホなことをいう。そうじゃない、事実を豊かにするのが我々の仕事だというふうに思えば、新聞はもっと有効なものになる。誰も読まないのは、これが事実だとかウソだとか、そんなことでけんかばっかりしているからですよ。」(p141~142)
ここに高橋秀実さんが登場している。
「やせれば美人」が、ちょっと気になる。
今日(9月18日)の新聞に、雑誌「新潮45」10月号の広告が載っている。
そこに特別対談「養老孟司・高橋秀実」の「百年に一度をどう生きるか」というのが写真入であるじゃないですか。う~ん。買わないよなあ。760円。
買わないときは、その話題をすぐに変えるに限る。
ちょうど、その新書のp137に、こんな箇所がある。
【養老】・・ある雑誌が日本に在住している外国人に、『日本のいいところを言ってください』というアンケートを採ったことがあった。はっきり中身を憶えていないんだけど、唯一憶えているのは、日本人のいいところのトップが『時間どおり来る』『言ったとおりやる』ことだった。この二つは日本人の美点なんだな、と思った記憶があります。世界にはそれだけ、『時間どおり来ない』『言ったとおりやらない』国が多いということです。
【久石】これは、僕、痛感しています。本当にそうなんです。日本の仕事はやりやすいなあといつも思うのは、言ったことは必ず守るし、時間も正確、ズレがない。予定が予定どおりに進む。これ、日本の社会だけで仕事をしている人は当たり前のことだと思うでしょうが、外国ではまずありえないことなんですよ。・・・・言ったことをきちんと守ろうとする日本人の特質というのはすごいですよ。(p137~p138)
う~ん。ここで養老さんが紹介している雑誌というのは、
文藝春秋特別版平成18年8月臨時増刊号「私が愛する日本」。
この雑誌のことじゃないかと、私は思いあたったのですが、どうか。
こちらは、つい先頃本棚の整理をしていたので、すぐに棚から引き出せました。
「大特集 外国人52人が語る 私は日本のここが好き!」というのがあります。
養老さんの指摘しているのは、どなたか、この雑誌をまた読み直してみても
楽しめるような気がします。
ここでは加藤恭子氏の「解説」(p160)。そのはじまりを少々。
「【文藝春秋臨時増刊号】の飯沼康司編集長とは、時々とりとめもない雑談をすることがある。その中の一つに、中国の反日デモがあった。
2003年11月、西安の大学で日本人留学生が行った寸劇がきっかけのデモから、2004年7月のサッカーのアジアカップでの反日デモ、2005年4月に北京、上海、天津などで起きた反日デモや暴動。それに韓国での反日感情が加わると、『自分たちは近隣諸国からこんなに嫌われているのか』と多くの日本人が自信を失っている現実も話題になった。話し合っているうちに、飯沼氏と私の共通の思いが出現する瞬間があった。
『日本人を励ましましょう。反日ばかりではない。日本が大好きな外国人は大勢います。あなたたちには、こういういいところがたくさんありますよと』『でも、どうやって?』と試行錯誤を繰り返しながら実現させたのが、今回の特集である。私たちは次のことをきめた。日本の内外に住み、知日経験には差のある外国人たちに、『あなたは日本のどういうところが好きですか?』『日本に対する注文は?』と訊ねる。できるだけ多彩な文化的職業的背景の人たちを集めるためには、私の教え子たちを動員し、また上智大学で同僚だった大和田滝惠教授にも中国語を生かして協力して頂く。・・・・」
「昭和47年に43歳で帰国した私は、それまでの合計15年間、海外に住んでいた。旅行やフランスへの短期留学を除くとほとんどアメリカで、ことに最後の7年は永住権を持つ移住者だった。その間ずっと、私は外から日本を見続けていたことになる。
この【外の眼】は、日本へ帰って日本を【内の眼】で見るようになっても私の中で生き続け、時には人生を複雑にしてくれる。個人にせよ国民性にせよ、美点のすぐ裏には欠点が、そしてその逆もありうる。日本人の多くは完璧主義者で、物事を悲観的に見る傾向がある。これはこれで仕事の正確さ、技術の向上などの推進力となっている。しかし心の状態を問うと、『すべてに満足』と答える人よりは、『閉塞感がある』『将来が不安』『孤立している』『自信がない』などと答える人の方がずっと多いのではないだろうか。
私自身も【内の眼】だけで日本を見続けると、気持が曇ることがある。そんなときに外から客人たちと外国語で話しながら街の中を歩き回ると、ふと心が晴れたりする。・・・」
これから、あとの心が晴れるエピソードなども忘れ難い。
ということで、あらためて古雑誌を読み返すこととして、何とか高橋秀実さんの本と対談へとは、手をひろげないことにいたします(笑)。
ちなみに、今日検索したら、出窓社より加藤恭子編で「私は日本のここが好き! 外国人54人が語る」として、雑誌の特集が加筆し単行本になっていたようです(2008年・1575円)。「ふと心が晴れたりする」という手ごたえが、雑誌特集の反響として、そのころあったのかもしれませんネ。そんなことを思いながら、私は古雑誌をまた読み直してみましょう。