文芸春秋三月臨時増刊号「3・11から一年 100人の作家の言葉」。
私のことですから、この雑誌も、ちゃんと読むわけじゃなく、ちょい読み。拾い読みです。
そこにある津本陽の「東日本震災に思う」という2ページの文に、
気になる箇所があり引用。津本氏の文章の最後でした。
「・・・昭和20年8月、焼跡となった市街地に毎日八百機、千機のアメリカ艦載機が飛来して空襲がくりかえされてるなか、国民は整然と列をつくって切符を買い、勤務先へ定刻を守って通勤し、家事をはたしていた。自分のいる場所がまもなく戦場となり、皆死ぬだろうと想像しつつ、生活の軌道からはずれないで暮らしていた。私もその一人であった。いまから思えば破滅の危機が眼前に迫っているときに、なぜあれほどまでに毎日の日課を守っていたかと、ふしぎな感じさえするほどである。日本人には非常のときに動揺せず粘りぬく特徴がある。被災者の方々も数年たてば、きっとあたらしい生活を築きあげておられるにちがいない。」(p81)
うん。思い浮かぶ石原吉郎の詩があります。
詩の最初の一行をぬかして、引用してみます。
かぜをひくな
ウィルスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ
ということで、これは石原吉郎の詩集「禮節」にある詩なのですが、
その詩の、題名と最初の一行目の言葉は同じでした。
それは、
世界がほろびる日に
なぜか、そういう、一行からはじまるのでした。
私のことですから、この雑誌も、ちゃんと読むわけじゃなく、ちょい読み。拾い読みです。
そこにある津本陽の「東日本震災に思う」という2ページの文に、
気になる箇所があり引用。津本氏の文章の最後でした。
「・・・昭和20年8月、焼跡となった市街地に毎日八百機、千機のアメリカ艦載機が飛来して空襲がくりかえされてるなか、国民は整然と列をつくって切符を買い、勤務先へ定刻を守って通勤し、家事をはたしていた。自分のいる場所がまもなく戦場となり、皆死ぬだろうと想像しつつ、生活の軌道からはずれないで暮らしていた。私もその一人であった。いまから思えば破滅の危機が眼前に迫っているときに、なぜあれほどまでに毎日の日課を守っていたかと、ふしぎな感じさえするほどである。日本人には非常のときに動揺せず粘りぬく特徴がある。被災者の方々も数年たてば、きっとあたらしい生活を築きあげておられるにちがいない。」(p81)
うん。思い浮かぶ石原吉郎の詩があります。
詩の最初の一行をぬかして、引用してみます。
かぜをひくな
ウィルスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ
ということで、これは石原吉郎の詩集「禮節」にある詩なのですが、
その詩の、題名と最初の一行目の言葉は同じでした。
それは、
世界がほろびる日に
なぜか、そういう、一行からはじまるのでした。