落合博満さんは1953年生まれ。
落合博満著「采配」(ダイヤモンド社)をパラパラめくっているところです(笑)。
そこから、すこし引用。
「正確に書けば、私が子育てをしなかったというよりも、妻がさせなかった。・・・私は家にいる時間も野球のことを考えていたし、他の人が寝ている時間もバットを振っていた。息子に構う時間はなかったのだ。些細なことかもしれないが、今にして思えば、風呂に入れたり遊びの相手をしてやりたかった。だが、当時は私だけがそうしていたのではなく、プロ野球選手の家庭は同じような感じだったはずだ。もっと言えば、企業戦士の家庭も似たようなものだったのではないか。子育てを含む家事全般は、妻の役割という時代だった。
それから25年が過ぎる間に、社会の考え方は変わってきた。
夫婦共働きの家庭は珍しくなくなり、家事も主婦と主夫が協力する。それは時代の変化と受け止めればいいが、最近は仕事と家庭という部分だけではなく、あらゆる面で『何かに没頭する』時間が少なくなったように感じている。」(p52)
この次にページに、こんな箇所がありました。
「1日、1日と生活していく中で、さまざまなことをそれなりにこなそうとすれば、どうしてもバランスを取ろうとするため、ひとつのことに深く取り組む、すなわち没頭することができない。そして、それを一定の期間継続すると、没頭するという感性を忘れてしまうのである。」
「古臭いことを言っていると思われるかもしれないが、社会の考え方が変わっても、社会人として台頭するためのプロセスは変わっていない。そして、これからも変わらないだろう。自分の目標を達成したり、充実して生活を送るためには、必ず一兎だけを追い続けなければならないタイミングがある。」
まだ、全部読んだわけじゃないのに、落合博満氏の他の本も読んでみたくなりました。
落合博満著「采配」(ダイヤモンド社)をパラパラめくっているところです(笑)。
そこから、すこし引用。
「正確に書けば、私が子育てをしなかったというよりも、妻がさせなかった。・・・私は家にいる時間も野球のことを考えていたし、他の人が寝ている時間もバットを振っていた。息子に構う時間はなかったのだ。些細なことかもしれないが、今にして思えば、風呂に入れたり遊びの相手をしてやりたかった。だが、当時は私だけがそうしていたのではなく、プロ野球選手の家庭は同じような感じだったはずだ。もっと言えば、企業戦士の家庭も似たようなものだったのではないか。子育てを含む家事全般は、妻の役割という時代だった。
それから25年が過ぎる間に、社会の考え方は変わってきた。
夫婦共働きの家庭は珍しくなくなり、家事も主婦と主夫が協力する。それは時代の変化と受け止めればいいが、最近は仕事と家庭という部分だけではなく、あらゆる面で『何かに没頭する』時間が少なくなったように感じている。」(p52)
この次にページに、こんな箇所がありました。
「1日、1日と生活していく中で、さまざまなことをそれなりにこなそうとすれば、どうしてもバランスを取ろうとするため、ひとつのことに深く取り組む、すなわち没頭することができない。そして、それを一定の期間継続すると、没頭するという感性を忘れてしまうのである。」
「古臭いことを言っていると思われるかもしれないが、社会の考え方が変わっても、社会人として台頭するためのプロセスは変わっていない。そして、これからも変わらないだろう。自分の目標を達成したり、充実して生活を送るためには、必ず一兎だけを追い続けなければならないタイミングがある。」
まだ、全部読んだわけじゃないのに、落合博満氏の他の本も読んでみたくなりました。