池田彌三郎・谷川健一対談「柳田国男と折口信夫」(岩波同時代ライブラリー)は、買ってあったのですが、読まずに本棚で眠っておりました(笑)。
それを取り出してきて、パラリとめくっております。
そのはじまりは、谷川氏からはじまっております。
谷川】 私と柳田国男との最初の出会いといえば、戦時中に氏の本がたくさん出た時に、買っておいたということでしょうか。ただ、私の年ごろからいって、抽象的・理念的なものにあこがれる時代でしたから、あの穏やかな、抽象性のすくない文章に対して、どうも興味をそそられないで、たいして詳しくは読みませんでした。
池田】 学生のころですか。
谷川】 旧制高校の学生でした。・・・(p3)
谷川】 ・・・・三十歳をとうに通り越してしまった、ある日でした。以前に文庫本で買っておいた『桃太郎の誕生】を、取り出したのです。これが衝撃を私に与えた。・・・そして、以後、柳田のものを読みはじめました。(p5)
・・・この本は私にとっては思い出の深いもので、ずい分のちまで再読するのをためらったものでした。開けたら、火傷をするような気がしたものですからね。私は、最近は柳田さんにずいぶん厳しいことも書きますが、ほんとうのところは、柳田さんに会えなかったら、結局は私の思想は入口が見つからず野垂れ死したのではないか、と思っています。その意味で幸福でした。(p6)
ついでに、谷川氏の「あとがき」も、すこし引用。
「・・・柳田と折口は、私がもっとも尊敬する学問の大先達だからである。こうした先達のことを知りたいと思うのは、自然の欲望である。むしろ彼らが実生活にみせる不幸や破綻やつまずきが、私のような凡人にも勇気を与えるのである。尊敬しない人びとの生涯をいくら知ったところで、それは私に勇気を与えないだろう。柳田の生涯は語らない部分に興味があり、折口の生涯は語った部分に関心がある。・・・」(p221)
それを取り出してきて、パラリとめくっております。
そのはじまりは、谷川氏からはじまっております。
谷川】 私と柳田国男との最初の出会いといえば、戦時中に氏の本がたくさん出た時に、買っておいたということでしょうか。ただ、私の年ごろからいって、抽象的・理念的なものにあこがれる時代でしたから、あの穏やかな、抽象性のすくない文章に対して、どうも興味をそそられないで、たいして詳しくは読みませんでした。
池田】 学生のころですか。
谷川】 旧制高校の学生でした。・・・(p3)
谷川】 ・・・・三十歳をとうに通り越してしまった、ある日でした。以前に文庫本で買っておいた『桃太郎の誕生】を、取り出したのです。これが衝撃を私に与えた。・・・そして、以後、柳田のものを読みはじめました。(p5)
・・・この本は私にとっては思い出の深いもので、ずい分のちまで再読するのをためらったものでした。開けたら、火傷をするような気がしたものですからね。私は、最近は柳田さんにずいぶん厳しいことも書きますが、ほんとうのところは、柳田さんに会えなかったら、結局は私の思想は入口が見つからず野垂れ死したのではないか、と思っています。その意味で幸福でした。(p6)
ついでに、谷川氏の「あとがき」も、すこし引用。
「・・・柳田と折口は、私がもっとも尊敬する学問の大先達だからである。こうした先達のことを知りたいと思うのは、自然の欲望である。むしろ彼らが実生活にみせる不幸や破綻やつまずきが、私のような凡人にも勇気を与えるのである。尊敬しない人びとの生涯をいくら知ったところで、それは私に勇気を与えないだろう。柳田の生涯は語らない部分に興味があり、折口の生涯は語った部分に関心がある。・・・」(p221)