和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

グラフィック版「方丈記」

2020-07-19 | 京都
堀田善衛著「方丈記私記」を読んだ際に、
ついでのように買った古本がありました。
世界文化社のグラフィック版「日本の古典」シリーズの
一冊で、日本の古典⑧「徒然草方丈記」。
この方丈記を、堀田善衛氏が担当されていた。
もちろん、安かった(笑)。
表紙の見返しの、きき紙と遊びの両方のページに、
方丈記の原文と一応されているカタカナ漢字交じり文が
写真印刷されており、その文字だけで見ごたえがある。
この世界文化社のグラフィック版は函入りで
サイズは、28㎝×23㎝。ページ数は167頁。
しっかりとした表紙の一冊です。
ちなみに、グラフィック版とヴィジュアル版とがあるようで、
後発のヴィジュアル版は、軽装版で写真が豊富なようです。

本棚からとりだして、パラパラと
ページをめくって楽しめました。
絵と写真が豊富で楽しめます。
なんせ、現代画家から絵巻物まで、そして写真も
お寺から花の写真まで、手の込んだ味わいがあります。
はい。文章なら最後まで読まない私でも、
これなら、パラパラ見ていても楽しめます。

絵巻物も、徒然草絵巻・一遍上人絵伝・
平家物語絵巻・春日権現霊験記・平治物語絵巻
飢餓草紙・春日験記・年中行事絵巻・東北院歌合
親鸞上人絵伝・石山寺縁起絵巻・賀茂競馬図と、
ほぼ毎ページに絵が載っております。しかも、
そこに前田青邨・海北友雪・小杉放菴・下村観山の
絵があったり、写真は写真で、仁和寺の五重塔・
琵琶とその撥(ばち)・宇治市日野の長明方丈石
さらには、むかご・岩梨・芹・茅花の写真まで。

わたしは古い絵巻物の場面とともにならぶ、
現代の前田青邨の絵に惹かれました。
ページごとに目移りしてしまう楽しさです。

古本で買って、そのままに
本棚に眠っていた一冊。

ここに載る堀田善衛の方丈記に関する文からも
引用しておかなければ(笑)。
堀田氏が方丈の居を構えた場所を訪ねます。

「・・・日野山であるが、所は言うまでもなく
山城国(京都府)宇治市日野にあり、ふもとの
法界寺薬師堂から細い畦道のような道を歩いて
山道にいたり、清冽な流れに沿って20分ものぼって行くと、
濃い茂みのなかに、水成岩による巨大な、凸凹の巨岩に
行きあたる。その岩の上に、江戸時代の儒者岩垣彦明が
建てたといわれる方丈石の碑石が建てられているのである。
・・・・・・・・
西にひらいた谷戸(たにのと)の奥だから風当りも少い。
住居の専門家として、余程細心の注意を払って
の調査の上で、場所を選定したものと思われる。
さほどに山深いというものでもなく、
里が遠いというのでもない。
しかし、場所はここでなければならぬ、
とどうしても思ってしまうのである。
しかも、京の市中まで歩いて半日くらいのものであり、
京に住んでいる旧知の連中には、宇治日野山のあたりに
妙な奴が住んでいて、という、長明の側からしていえば
睨みも利く位置なのであった。おれはここに、いるぞ!
という・・・・・。

そうして日野山をめぐっては、
もう一つ二つ歴史的な大事があった。ふもとの
法界寺薬師堂の地は、実に親鸞誕生の地なのであった。
それからこの法界寺薬師堂の建立者である日野氏そのものは、
代表者としての足利義政の妻、日野富子、南北朝時代の
日野資朝(すけとも)などを出した豪族一家であり・・・・」
(p127~128)

このように方丈記の説明中にあるのでした。
絵巻物のさまざまなカットと前田青邨の絵と、
それから長明方丈石のある風景写真と。
最後の見返しにも、方丈記の文が
表紙見返しと同じように載っております。
はい。活字より、そちらで私は満腹です。


コメント
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