和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

灯火の文化。ネット文化。

2020-07-30 | 本棚並べ
山崎正和・司馬遼太郎の対談「日本人と京都」が
印象に残るので、ちょっと調べてみる。

私が読んだのは1996年9月号臨時増刊「司馬遼太郎の跫音」の、
名対談選にあったので読んだのでした。この増刊号は
1998年に中公文庫に同じ題の「司馬遼太郎の跫音」として出ます。
ところが、文庫には、再録の名対談選と短篇傑作選がカットされて
おりました。うん。今は、古雑誌でしか読めないようです。

気になるので、「司馬遼太郎対話選集」(文芸春秋)を見ると、
その4巻目「日本人とは何か」にお二人の対談が載っておりました。
「都と鄙の文化」(中央公論1977年4月号)からのものです。
はい。同じ顔ぶれの対談なのですが、
同じ個所は少なく、まったく違う話に展開してゆく面白さ。
ということで、こちらからもすこし引用。
「『夜の文化』のはじまり」と小見出しがある箇所から

司馬】 灯火につかっていた油がそれまでの荏胡麻から
菜種油になります。これは非常に大きいことかもしれない。
荏胡麻から油をしぼりとるのは非常にむずかしいらしいし、
少量しかとれない。そうすると、夜、灯火をつけているのは、
金持ちの寺、金持ちの公家、あるいは室町大名などで、
庶民には明りがない。じゃあトイレに行くにはどうするかといえば、
ふつう、かまどの燃えかすで粗朶(そだ)に火をつけて持っていく

こうして、連歌の話になり、蓮如の講の話になります。

山崎】 ・・・蓮如が講というものをつくりまして、そこで一介の百姓で、
いままで自分の身の上など心配してもらえなかった連中が、
身の上話をすることで、カタルシスを味わうことになります。
百姓は昼間忙しいから、これをやるとしたら夜しかない。
・・・・夜集まってワイワイやって・・・・・


司馬】おっしゃるとおりだと思います。・・・・
一向宗は日本の庶民文化というか、鄙文化の形成にどれだけ
大きな役割を果たしたか、涙のこぼれるような思いがするんですよ。
つまり、寄り合い場所が・・・・・隣村から集まってくるところがいいですな。
あれはその字(あざ)だけの講では横の広がりがなくて、講はたいてい
隣字(となりあざ)も含めますから、隣字の顔ぶれをはじめて知る場所
なんでしょう。それまでは縦社会で暮らしてきて、自分の村の小さな、地頭と
もいえない村落貴族につかえて、その小百姓として暮らしてきたけれども、
隣村のなんとかいう地頭の下百姓と、おれ、おまえの仲になれた。これは、
いま私たちがアメリカを旅行することよりも大きいことだったかもしれませんね。
つまり、おれたちの社会ができたということです。それがさらに大きな講になると、
広域で、三河なら三河一国の講で、お互いに・・・・・・(~p231)


うん。対談はこれから俄然面白くなるのですが、
うん。これを引用しながら、私はといえば昨今の
ネット社会のことを思い描いておりました。
情報のひろがりの灯火の幕開けの時代。
ということを思いました。
はい。夜はユーチューブで、文化人放送局を
楽しみにしております(笑)。



コメント
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