本の話は、人のを読むのも、自分で書くのも、
どちらも楽しい。はい。楽しめるタイプです。
図録「『司馬遼太郎が愛した世界』展」に、
司馬遼太郎著「微光のなかの宇宙 私の美術観」中公文庫からの
引用がありました。八木一夫氏のオブジェ作品『ザムザ氏の散歩』
をとりあげた箇所が短く引用されておりました。
「 司馬遼太郎は八木一夫について次のように語っている。
『 若いころの八木に、私はつよく文学者を感じ、八木が
いるかぎりうかつに小説など書けないと思ったことがある』(202頁)
『 私は当時、柳宗悦を読みすぎていたせいか、
焼物における用のことばかりを喋り、結果として
走泥社の方向を理解する側に立っていないというふうでもあった。
そのくせ一方ではかれの≪ザムザ氏の散歩≫に
はげしい衝撃をうけており、そういうものをうみおとしたまま
風狂に笑っている八木一夫という人物につよい関心をもち、
できればかれの精神と思想を手ざわりで知りたいとおもっていた。 』
(190-191頁) 」
図録の130ページから数ページにわたって、八木一夫氏の
オブジェ作品の写真掲載があったところに、その言葉がありました。
うん。オブジェ作品か。ちっとも興味がわかなかったけれど、
何だか知りたくなり、古本で文庫「微光のなかの宇宙」を注文。
そして、図録には、こんな箇所もあります(p122)。
「 私は、20代のおわりから30代の前半まで、
絵を見て感想を書くことが、勤めていた新聞社でのしごとだった。
絵を見るというより、正確には、本を買いこんできて
絵画理論を頭につめこむことを自分に強いた。
この4年ほどのあいだ、一度も絵を見て
楽しんだこともなければ、感動したこともない。
もはや仕事で絵を見る必要がなくなったときから、
大げさにいうと自分をとりもどした。何より驚いたことは、
絵を見て自由に感動できるようになったことである。
19世紀以後の美術は理論の虚喝が多すぎた。
私自身、あやうくその魔法にからめとられかけ、
やっと逃げだした 』。・・・・ 」
うん。この「微光のなかの宇宙」に須田剋太も登場してるらしい。
はい。やっと私にも、読み頃をむかえたような気分で古本を注文。
はい。まだ届きません。