油絵を見て感動する人も多い。シスレーやピサロの静かな風景画は好きだが、ゴッホの絵はどうも、と感ずる人もいる。でも、小生は上のような「星月夜」を見るたびに感動する。シカゴの美術館で見たときは、思わず涙が頬をつたわった。何故感動するのか言葉では説明出来ない。1890年自殺する前に描いた「アルルのゴッホの寝室」や歪んだ教会の絵などなど、どの一枚も感動を覚える。理由は全く分からない。
人の連想は不思議だ。先日、氷川丸の5500馬力2基のエンジンルームでこの2枚の写真のような機械を見た時深く感動した。そしてゴッホの絵を見た時の感動を連想した。それだけの話である。これから先は大型船の離岸、着岸に興味のある方にはご理解頂けると思う。興味が無ければ実につまらない話である。
左の円形の機械は「エンジン・テレグラム」というもので、全く同じものが船の最上階にある操舵室にもある。出港しようと舵輪を握った船長がエンジンとスクリュウの回転速度を機関士へ伝達する機械装置である。Aheadは前進、Asternは後進で、Stand by、Dead Slow、 Slow、Half、Full とはエンジンの回転数を、中立、微速、ゆっくり、半分の速度、あるいはフル回転にするという指示板である。それらの指示を船長が出し、機関士へ伝達する機械である。機関士はその指示に従って即刻エンジンへ供給する燃料の量を右の写真のようなレバーで調節する。この機械装置はエンジンコントロールが完全電子化されていない時代に全世界の大型船で100年以上にわたって使用されていた。
操舵室のあるブリッジと機関室は遠く離れている。おまけに機関室は巨大なエンジンが唸っていて、声による指示は不可能である。
離岸や着岸しようとする大型船を岸壁と衝突させてはいけない。岸壁を擦って船腹を傷つけてもいけない。全ては船長の責任である。
スクリュウの回転速度を瞬間的に変えたい。また慎重に動かすために「死ぬほどユックリ」回転させたい。そんな船長の悲鳴にも似た指示がDead Slow である。これほど感情のこもった英語を見たことがない。日本語に約して「微速」と書くとなにか間違いのような気がする。
欧米人の知恵の結晶のような機械装置である。舵輪を握った船長と轟音うずまくエンジンルームでアクセル・レバーを握った機関士との瞬時の連係動作が要求される。
ゴッホの絵は彼の狂おしいほどの感情や情念を伝えている。Dead Slow は船長の感情を伝えてくる。緊張した、場合によっては狂おしいほどの船長の叫びだ。巨大な船が岸壁にぶつかる一瞬前にエンジンの回転数を変えなければいけない。
関係ないものだがDead Slow の英語を見て、ゴッホの絵を連想した理由かも知れない。人間の連想には明快な脈略が無いというが、その一例かも知れない。
つまらない話の終わりです。