後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

日本民族の戦争を考える(3)こういう表面的な比較が日本人を間違わせる!

2012年07月07日 | 日記・エッセイ・コラム

第二次大戦に負けた悔しさから、つい日本の戦闘機や戦艦や潜水艦は劣っていなかったという議論が多いのです。それが自然の人情で、無理もありません。

しかし、その理解は浅過ぎます。

戦争に勝つための決定的要因は武器の生産能力と品質管理にあります。

200機のゼロ戦が1日で撃墜されたら、次の日に400機完成していれば勝つ可能性があります。200人の熟練したパイロットを1日で失ったら、次の日に400人補充すべきです。熟練した戦闘員がいなくても、マニュアル通りに操作すれば、操作できる戦闘機を作れば良いのです。

アメリカの戦闘機や航空母艦の製造速度と品質管理は圧倒的に日本を凌駕していたのです。日本民族の戦争観が基本的に間違っていたのです。

客観的に工業力と技術水準だけを比較して開戦を決めるべきでした。戦意とか精神力とかあやふやな要因を考慮すべきではないのです。

その考えは今でも時々頭をもたげて来ます。下のように日本の戦闘機を一機や二機展示して、その性能が良かったと説明しています。

問題は一機の性能ではなく、その戦闘機を1日に何百機作れるか?その品質は良いのか?熟練していない兵士でも操縦し、敵を撃ち落せるか?このような事項を較べて展示すべきです。

その片手落ちの展示の例を、そのまま以下に示します。写真は靖国神社の遊就館で撮りました。

上がゼロ戦で、下がゼロ戦より一まわり大きな艦上爆撃機の「彗星」です。どちらも当時の敵の戦闘機と比較して性能は劣っていません。しかし生産能力には雲泥の差があったのです。その説明が無いのです。それが片手落ちと思います。

025

052

もう一つの決定的な敗戦の要因は、日本の軍事技術は全て欧米のコピーと、少しの改良に依存していた事です。それでは敵の兵器を圧倒する全く斬新な兵器が製造されません。

例えば戦闘機のエンジンだけを例にとってその状況を説明します。

戦闘機のエンジンの多くは1903年にアメリカで実用化された「星型エンジン」です。下にプロペラ軸へ直結している「星型エンジン」を示します。

034

下の動く図面はWikipedeaの、星型エンジン(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E5%9E%8B%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3からお借りしました。

Radial_engine1_3

ゼロ戦のエンジンはこの星型エンジンをコピーして少し改良し、9気筒で960馬力出るようにしたものです。

一方「彗星」のエンジンはドイツのダイムラーベンツ社の液冷直立6気筒、1400 馬力であったのです。熱田の愛知時計電気社が苦心してコピーしたエンジンです。

049 048

戦後の国産旅客機にYS-11がありましたがエンジンだけはローリスロイス社製のターボプロップジェットエンジンでした。日本では航空機エンジンだけは現在でも製造出来ないのです。出来ても信頼性の証明が無いので誰も買ってくれないのです。ビジネスにはなりません。自衛隊の高価な戦闘機はアメリカから買っています。

所沢の航空公園の飛行機の展示館を見るとその技術発展の歴史が明快に分かります。日本はコピー技術で終始していたのです。とくにアメリカ製のジェットエンジンが各種、それも多数展示してあります。ああ、これでは戦争に負けるという実感を感じるのです。

将来の戦争を考える時、長距離核ミサイルの数とともに命中精度と生産速度を比較して、客観的に考えることが重要です。

そしてそれを考慮に入れて、あくまでも外交戦略を駆使して、戦争を回避すべきなのです。戦争が一旦起きたら想像できない莫大な損害と悲劇が起きます。

平和を維持する為には戦争の実態を深く理解するべきと信じています。

シビリアンコントロールを徹底して軍人の暴走を完璧に阻止すべきです。

靖国神社を訪問するとその決心の重要さが再度理解出来るのです。

いかがでしょうか?皆様のご意見をお聞かせ下さい。(続く)


日本民族の戦争を考える(2)全ての戦死者の鎮魂の場所、靖国神社

2012年07月07日 | 日記・エッセイ・コラム

戦争は大きな意味で、人類の文化の一部です。どのように戦争を準備し、どのように戦い、戦死した人々をどの様に慰め、鎮魂を祈るかはその民族特有の価値観や文化によっておのずと決まります。

ですから鎮魂の仕方をみるとその民族特有の死生観が判然とします。

日本では第二次大戦で少なくとも300万人の死者が出ました。

その死者を慰め、鎮魂を祈るための全国的な行事は3つほどあります。

毎年8月15日に天皇陛下と総理大臣などが出席し、全ての戦没者のための慰霊祭を行います。東京の武道館で行うのが普通です。

そして千鳥ヶ淵には宗教の違いを越えて全ての戦没者の慰霊碑があります。毎年8月15日にはいろいろな宗教団体が慰霊と鎮魂の祈りを捧げる場所です。

もう一つ全国的な規模で行われる慰霊と鎮魂の祈りは靖国神社で行われます。

毎年、東京のお盆の期日に合わせて7月中旬に行われる「みたままつり」です。

昭和22年から行われている鎮魂の祈りです。靖国に####みこと(命)として祀られている全ての戦死者へ全国の遺族から送られた献灯を何千、何万と飾り、地方の踊りを奉納し、御霊を慰め、鎮魂を祈るのです。

昨日、全国からおくられた献灯の写真を撮ってきたので以下に写真でご説明致します。四角な黄色いぼんぼりの中に40W位の小さめの電燈が入っているのです。

そのぼんぼりの表にはおくってくれた人の名前が県名とともに墨書してあります。

008

この写真はたまたま山口県の人々の部分ですが、他を丁寧に見てまわると北海道から沖縄まで全ての県の人々の名前が見えます。

昨日はまだ飾り始めたばかりだったので、内陣の柵だけでしたが、完成すると下の写真のように大鳥居の左右の大柵に無数の明かりが光るように準備していました。

001

そして昨日、無数の写真で示したような全ての戦死者の霊を慰めるのです。

特に特攻隊で殉じた霊だけを慰めるのではなく全ての人を平等に慰めるのです。そして青森のねぶたを始め各地の郷土文化や芸能で戦地で苦しみながら亡くなった戦死者を全国の人々が心を合わせて慰めるのです。

今年の「みたままつり」は7月13日前夜祭から7月16日の第三夜祭まで4日間続きます。いずれも夕方6時から開催されます。祭典参列もできます。昇殿参拝は午前9時からです。

この靖国神社の「みたままつり」は死者を心から慰めようとする日本人の優しさの象徴です。優しくて美しい祈りです。

時々、マスコミには靖国神社は軍国主義を支援しているという非難的な記事が出ます。勿論その雰囲気は皆無ではありませんが、この神社の大きな目的は慰霊と鎮魂の祈りをする事にあるのです。

下にある戦死した方が生前愛用していたバイオリンの展示の写真を示します。

078

靖国神社のありようには幾つかの問題があります。政治と宗教の分離の原則からいろいろな議論もあるのは承知しています。しかし全体を見ればそれは日本民族の美しい心の現れです。優しさの象徴です。

ただ一つの希望を書けば「希望しない人は祀るべきではない!」ということです。私自身はカトリックなので、たとえ万一戦死しても祀って頂く必要はないのです。

しかし大きな観点から論ずれば靖国神社は日本文化の象徴であり、誇るべき存在なのです。

それはそれとして今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。

後藤和弘(藤山杜人)

下の写真の出典は、「画像検索:みたままつり」です。

100715mitama91

080715mitamanebuta31