後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

ライン川の天然ウナギのかば焼き

2012年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

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今週の金曜日の27日は土用丑の日です。

しかし今年は値段が高騰してとても食べれそうもありません。そこで上の写真を眺めて食べた気分になっています。数年前に諏訪湖畔に投宿し、夕食に近所のウナギ専門店へ出かけて行って家内と一緒に食べた時の写真です。しばらくはこのようなウナギの蒲焼とはご縁が出来そうにありません。

それにしても毎年土用の丑の日が近づくとライン河の天然ウナギを蒲焼にした事を思い出して、苦笑いをしています。。

随分と前の話です。1969年11月にドイツのシュツットガルト市に住んでいた頃の話です。

よく農民市場へ野菜を買いに行きました。その市場で、ある日、生きたウナギを水槽に入れ売っているのです。ライン河で取れた天然ウナギだと言います。売っている人に料理法を聞くと、ブツ切りにしてウナギのスープ(アールズッペ)にするか塩味の燻製にして食べろと教えてくれます。

日本のウナギの2倍くらい太いものを一匹買いカバヤキを作ることにしました。せっかくなので日本人の男性を招待し、カバヤキでドイツビールを楽しむ会をすることにしました。

ところが料理が大変難しいのです。まず頭を取っても、胴体が動いて裂けません。2枚に下ろせないのです。そこで、20cmくらいのブツ切りにして、完全に動かなくなってから2枚に裂きました。しかしウナギの背骨は3角形で切り出せないのです。仕方なく骨付きのまま、2枚下ろしにして蒸して身を固めました。

そうすると竹串が打てるのです。竹串はデパートで売っていました。串を打ったあとは醤油、ミリン、砂糖を混ぜウナギを漬け、耐熱皿に載せてオーブンで蒲焼にするのです。

何度もタレをつけ、ひっくり返しながらオーブンで丁寧に焼き上げます。タレが焦げて台所中にウナギの蒲焼の匂いが充満します。お客が「いい匂いですねー」と台所を覗きに来ます。

いよいよ、カバヤキ・ビールパーティーの開始です。焦げ目のついた分厚いカバヤキを数枚大皿に盛り付けて運びます。串はついたままにします。

琥珀色のビールをなみなみと注いで、ライン河の天然ウナギのために乾杯!

カバヤキを自分の皿に取り、串を抜いて食べはじめます。

ところが不味い!生臭くて、泥臭くて食べられないのです。でもせっかく苦労したので一串は食べました。死ぬ思いで。

生臭いだけでなく、小骨が縦横無尽に入っていて食べ難いのです。

お客は礼儀上、「うん、これはいける!」などと言ってくれます。でも顔があまりにもの不味さ、生臭さで歪んでいます。泣きそうな顔にも見えます。

「止めましょう! 今、チーズを色々持って来ますから」

あれ以来茫々40年経ちますが、夏の土用の丑の日が近づくとライン河のウナギと格闘したこと、生臭かったことを思い出します。そして苦笑いをします。素人がウナギの蒲焼に挑戦することはあまりにも無謀なのです。

それにしても夏になると鰻の蒲焼が恋しくなります。皆様は如何でしょうか?


悲しい風景と幸せな風景の大きな違い

2012年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

悲しい風景とはどういう風景でしょうか?幸せな風景とは何を意味するのでしょうか?

人は見る風景から悲しみを感じたり、幸せを感じたりします。しかしその理由は人それぞれ違います。歩んで来た人生の道によっても違います。病気のとき、健康なときによっても違います。

ですから余計なことは書かないで、下に3対の悲しい風景と幸せな風景を示します。

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上はアイスランドの荒涼とした風景です。悲しいと感じる人もいるでしょう。逆に元気が出る人もいるかも知れません。

下は同じアイスランドの夏の風景です。夏が来るとこんなにも花々が咲くのです。幸せを感じます。(写真の出典は、アイスランド風景写真集です。)

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次は九州の炭鉱のあった軍艦島の写真です。

写真は江島達也さんの許可を貰って彼のブログからお借りしました。出典は、http://hayabusa-3.dreamlog.jp/ です。

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下は同じ炭鉱住宅に人々の幸せな生活があった頃の写真です。

この2つの写真を見て、私は炭鉱会社の無神経ぶりを怒っています。使わなくなったアパートを整理整頓して綺麗にして置くべきです。

要らないから打ち捨てたという心の荒廃が悲しいのです。

よく軍艦島を産業遺産として残すべきという主張を聞きますが、それなら当時の状況を再現して、綺麗に復元すべきです。

現在の状態なら全てを撤去して、樹木を植え、美しい島にすべきです。

「打ち捨て」は人間の心の荒廃の証です。悲しいです。恐ろしいのです。

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次は原爆投下後の長崎の浦上川の風景です。

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原爆を落としたアメリカ軍人は平気でした。いや喝采を上げていたかもしれません。その心が悲しいのです。そして勿論、長崎の原爆で死んだ6万人余の人々こそ哀れです。これほど悲しい風景は無いと思います。

一挙に26万人余の人が亡くなった広島の原爆でも、同じような風景が延々とあったと思います。

しかし現在は変わりました。同じ場所の現在の風景です。

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人間は複雑な生き物です。私には言葉がありません。

ただ、今日も皆様のご健康と平和を祈るばかりです。虚しい祈りかも知れませんが祈ります。後藤和弘(藤山杜人)