おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

真冬のような冷たい雨。ささやかな「忘年会」。「シェルブールの雨傘」。そして「小宮商店」。

2019-12-10 21:07:04 | じじばばがゆく
 12月7日(土)。雨のち曇り。年末年始のころの寒さ。

 どうもお疲れ様でした。まさかこんな冷たい雨模様になるとはね。

 ホント。やれやれ、こんなに寒くなるとは思わなかったわ。
 最高気温が夜中だったっていうじゃない。その後は下がる一方だった、って。

 ま、元気で年の瀬を迎えられただけでもけっこうなことよ。
 腰が痛くなってしんどいんですって。

 歩きすぎなんじゃない、年を考えた方がいいわよ。
 3万6千歩も、って。そりゃあ無茶だわよ。

 お豆腐料理も久々だったわ。湯葉とか・・・、けっこう色んな種類があった。
 女性客が多かったわね、ヘルシー志向なのかしら。

 あの方もいっときのショックから立ち直って、元気になったみたいで、何よりだわ。
 車で事故ったとかで。ちょっと参ったみたいよね。

 でも、朝の5時から10時頃まで勤めているって、元気よね。
 老人施設でまかないをしているようね。さっぱりしている性格がかえっていいのかしらね、あの年で。
 旦那の協力がなければ続けられないわよね。毎日車で送ってくれるんんだって。

 さて、もう4時か、そろそろ帰らなくちゃ。デパートで買い物をする予定なのよ。
 上海にいる方にクリスマスプレゼントを、と思って。

 傘にしようかと考えているの、すてきな折りたたみ傘を、ってね。

 傘か・・・、そういえば「シェルブールの雨傘」というフランス映画があったじゃない。

 「Les Parapluies de Cherbourg」。

 たしか高校生の頃に観たような記憶が。その後も何回か。ビデオ屋さんで借りてきたり、名画座みたいなところでも、・・・

 1964(昭和39)年制作のフランス映画。考えてみたら「東京オリンピック」の年だったのね。
 錦糸町駅近くの映画館で観たのかもしれない。その頃は、けっこう映画を観ていたから。

 あなた、観たことある?

 カトリーヌ・ドヌーヴが主演で、そういえばこの前、脳卒中で入院したって話題になったわね。軽くすんでいるようだけど。

 日常会話など台詞すべてが美しい旋律で語られるのね。全編ミュージカル仕立て。流れるようなフランス語の響き。
 最初観たときにはその新鮮さに驚いたわ。

 ミシェル・ルグランの音楽がすばらしい。
 ずいぶんと若い頃に観た映画だけど、ふとしたときに、旋律が浮かんでくることもあるわよ。

 オープニングの、色とりどりの雨傘が行き交うシュルブールという港町の風情がすてきだった。 
 一転して自動車修理工の激しいリズムに変わっていく、その音楽的なつながりが新鮮だった。

 シュルブールは、重要な軍港の一つで、第二次世界大戦中にはドイツ軍によって占領されたのね。
 1944年、連合国によるヨーロッパ侵攻にあたって、シェルブール港は重要な攻略目標となり、ノルマンディー上陸作戦に引き続いて、激しい攻防戦の舞台となったという歴史を持つ港町。
 そこを舞台にしたということに大変興味を持った記憶があるわ。

 1957年から1963年まで。アルジェリア戦争(フランスからの独立戦争)の最中なのね。戦争(召集)をはさんでの恋人同士の物語。

 ラストシーンは、クリスマス前の雪の夜。
 ギィ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)の経営するガソリンスタンドに入ってきた車の運転席にはかつての恋人・ジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)。助手席には娘のフランソワーズ(実は自分との間の子)。
 喪服姿だったような気が。

 短い言葉を交わし、車はスタンドを出ていく。俯瞰撮影に重なって降りしきる雪の中、テーマソングが流れるのね。

 なんて、ストーリーが何だかよく分からないでしょ。 
 後で、もう一度、調べておいてね。
 
(以下、「Wikipedia」参照)
   
監督・脚本: ジャック・ドゥミ
音楽: ミシェル・ルグラン
出演: カトリーヌ・ドヌーヴ
    ニーノ・カステルヌオーヴォ
    マルク・ミシェル
    エレン・ファルナー
    アンヌ・ヴェルノン  
第一部 旅立ち 1957年11月-
 アルジェリア戦争ただ中のフランス。港町シェルブールに住む20歳の自動車整備工ギイと17歳のジュヌヴィエーヴは結婚を誓い合った恋人同士。ギイは病身の伯母エリーズと、ジュヌヴィエーヴはシェルブール雨傘店を営む母エムリ夫人と暮らしている。エムリ夫人は2人が若過ぎる事を理由に結婚に反対するが、2人は将来生まれて来る子供の名前(女の子だったらフランソワーズ)を考えたり、自分たちのガソリンスタンドを持つ夢を語り合ったりと、幸福な恋愛を謳歌していた。
 そんなある日、エムリ夫人に莫大な額の納税通知書が届く。切羽詰まっていたエムリ夫人は、娘に説得され、大切なネックレスを売る決心をして、娘を連れて宝石店へ行った。たまたま居合わせた宝石商ローラン・カサールが、その場でネックレスを購入してくれた。
 やがてギイに召集令状が届き、アルジェリア戦争において2年間の兵役をつとめることになった。尽きる事無く別れを惜しむギイとジュヌヴィエーヴ。その夜、2人は結ばれた。ギイは幼馴染みのマドレーヌに伯母の世話を頼み、ジュヌヴィエーヴと永遠の愛を誓い合って、シェルブール駅で別れを告げ入営する。

第二部 不在 1958年1月-
 ある日、エムリ夫人は町でカサールと出会い、食事に招待する。妊娠していることを知ったジュヌヴィエーヴは、ギイからほとんど手紙が来ないことを不安に感じていた。ジュヌヴィエーヴが気分が悪いと休んだ後、エムリ夫人に引き止められたカサールは、ジュヌヴィエーヴに結婚を申し込むつもりだったことを打ち明ける。決めるのは本人なので、押しつけないように頼み、カサールはまた旅に出る。
 手紙で妊娠を知ったギイからは、2月に「男の子だったら名前はフランソワ」と喜びの返事が届く。だが、ギイを待ち続けていたジュヌヴィエーヴは、次第にカサールに心を開き、子どもを一緒に育てようという求婚を受け入れる。結婚からしばらくして、エムリ夫人も店を処分し、娘が住むパリへと移住する。

第三部 帰還 1959年3月-
 足を負傷し除隊となって帰郷したギイはシェルブール雨傘店を訪れるが、店は所有者が変わっていた。ジュヌヴィエーヴの結婚と移住を聞かされたギイは自暴自棄となり、復職した整備工場も些細なトラブルで退職して酒と娼婦に溺れる。朝帰りした彼を待っていたのはエリーズ伯母の死の報せだった。ギイは出て行こうとするマドレーヌに「僕の力になってほしい。行かないでくれ。」と頼み、一念発起し、伯母の遺産でガソリンスタンドを始めることに決めた。立ち直ったギイに、マドレーヌも心を開き、結婚する。

エピローグ 1963年12月-
 ある雪の夜、妻マドレーヌと息子フランソワがクリスマスの買い物に出ていった後、一台の車がギイのガソリンスタンドに給油に訪れる。運転席にはジュヌヴィエーヴが、助手席には3,4才くらいの女の子が乗っている。

 入営の日、シェルブール駅で別れて以来の再会だった。
 事務所で短く言葉を交わす2人。金持ちそうな毛皮のコートに身を包むジュヌヴィエーヴ。娘の名はフランソワーズだと告げ、「会ってみる?」とギイに聞くが、彼は無言で首を振り、「給油が終わったようだ」と言う。
 
 ジュヌヴィエーヴの車が去って行くのと入れ替わりに、マドレーヌとフランソワが帰ってくる。ガラス窓のカーテン越しにが家族3人で幸せに楽しく過ごす様子を映し出す。

 カトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画は他にも『ロシュフォールの恋人たち』『昼顔』とか『哀しみのトリスターナ』などがあるのよね、『昼顔』は観たことがあるわ。

 『シェルブール雨傘店』。

                      

 そんな傘専門店が都内にもあるかしらね。すてきな傘屋さん、そんなお店に行ってみようかししら。

馬喰横山駅近くにある「小宮商店」がお勧めか。 

 あら、もうこんな時間、さあ帰らなくちゃ。じゃ又。

    

付け足しで。「創業者のプロフィール」。

         昭和初期に「人生観」が「民主々義」というのもなかなかよね。大正デモクラシーという時代背景があったにしても。

(注:洋傘などの写真は、「」HPより)

 そうそう、ストーリーはどうでもいいから、ミシェル・ルグランのすばらしい旋律は聴いてみてね。「youtube」でもUPされているから。

(注:映像は「YouTube」より) 

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